ここは山折り。そっちは谷折り。この部分は広げて……。
小さな四角い紙が手の中で形を変えていって、わたしの前には金魚が一匹姿を現す。
元気に泳ぎ回りそうなかわいい金魚のできあがり。
「おー、さすがエル。手際がいいねぇ」
わたしの手元を見ながら、結愛はそう言った。
「エルに頼んでよかった! 折り紙と言えばエルだもんね。ありがたやー、藍野エル様ぁ」
「様って、おおげさだよ」
わたしはただ、折り紙が好きで、お友達の中ではほんのちょっぴり上手に作れるだけ。外を見ればわたしよりも上手なひとなんて、たくさんいる。
手の中で紙の金魚が小さく揺れ動いた。バレちゃう! と思ったけれど、結愛は自分の持っている折りかけの折り紙をじっと見ている。よかった、見られていない……よね。
とっても仲のいい幼なじみの結愛にも、これを見られるわけにはいかないんだから。
わたしは金魚を両手で包んで隠し、おとなしくなるのを待つ。泳ぎそうだなんて考えたのがいけなかったな。みんなの前で折る時は無心で作らなきゃ。
これは、わたしの秘密。
ひいおばあちゃんから教えてもらった、秘密の力。
「中学生になっても来ていいよー、って言われてたから行ったら、飾り作り頼まれるなんてね。エルがいてよかったけど」
「児童会館にはたくさんお世話になったんだから、これくらいやらないと」
「他の人も頼まれてるらしいよ。あたし達で一番強そうなの作っちゃお」
「バトルするわけじゃないんだから……」
静かになった折り紙の金魚を、床に広げてある結愛のトートバッグに放り込む。もう大丈夫だよね。
今日の昼休みの予定は、こうして結愛と折り紙をひたすら折ること。お互い他にすることもこれといってないし、向かい合っておしゃべりしながら折り紙を折るのも楽しいよね。
せっせと折り紙を折り続けていると、廊下の方からにぎやかな声が聞こえてきた。それはだんだん近づいてきて、わたし達のクラス、一年二組のすぐそばまで来た。
そして、黄色い声を上げる女子数人に囲まれるようにしながら教室へやって来たのは二人の男子。名札の色で分かることだけれど、クールな感じの方が三年生で、穏やかそうな感じの方が二年生だ。
「生徒会長の藤崎先輩と、副会長の黄瀬先輩だ」
「結愛、詳しいんだね」
「あたしら一年生は上級生のことあまり知らないけどさー、二人揃ってイケメンだって人気らしいよ。女バドの先輩から聞いた」
「へえ、そうなんだ」
確かにかっこいい……かもしれないけれど、そんなにみんなで囲むほどなのかな。絶対近くの高校の高校生の方がかっこいいと思う。
「白石くんいる?」
会長が教室の中をのぞきこんで言った。そういえば大地くん、生徒会に入ったんだったっけ。
「はっ、はい! 白石大地います!」
「あぁ、よかった。放課後ちょっと残れる? 生徒会室に来て」
「分かりました!」
「じゃあ、後で」
会長はくるりと背を向けて、立ち去る。けれど、副会長はまだ教室をのぞいていた。
なんだろう。今、目が合ったような気がした。副会長、わたしを見ている? しかもちょっぴり驚いた顔をしている気がする。
「湊、行くよ。次のクラス」
「わ。はい、すみません」
会長に呼ばれて副会長も教室からいなくなる。二人を囲んでいる黄色い声も一緒に遠くなる。
なんだったんだろう。あの視線。
折り紙を折っているところが目に入って、子供っぽいと思ったのかな。
それとも。
今、この手の中にある折り紙のペンギンが動いてしまったのかもしれない。そういう感覚はなかったけれど、可能性が全くないとは言い切れない。
わたしは手のひらに寝転んでいるペンギンを見下ろす。動きそうな気配はない。
それじゃあ、どうして? なんで?
なんで、副会長はあんな顔をしてわたしを見ていたんだろう。
「エル? どうかした?」
「あっ。ううん、なんでもないよ」
「うちの生徒会さぁ、美男美女ばかりって噂だけど、確かに実物見るとそうなのかもね。大地も結構かっこいいって言われてるし」
「大地くんかっこいいかな?」
大地くんとは小学三年生の時からの知り合いだけれど、彼のことを特別かっこいいと思ったことはない。かなりやんちゃだし、言葉は悪いけれどがきんちょだ。
「走り回ってばんそうこうだらけの頃から知ってるあたし達にはそう見えないんだけど、中学入ってから知った人にはかっこよく見えるらしいんだよ。まあ黙ってれば多少は……そうかもなぁと思わなくもなくない?」
「うーん、どうだろう」
「そういえばさ、エルは結局帰宅部でいいの? あたしエルなら生徒会とも戦えると思うんだけどな」
「何をどうやって戦う状況になるの。そもそもわたしより結愛の方がかわいいし」
かわいいと言われて、結愛は「むふふ」と笑った。こういうのをまんざらでもないって言うらしい。
「かわいいのはあたしかもしれないけど、綺麗なのはエルじゃん?」
「それは……わたしの見た目が珍しいからって話?」
「そうやって言う人もいるけど、あたしは純粋にエルのこと好きだよ。ってか、あたしがそんなこと言うやつだったら十年も付き合ってないでしょ?」
「分かってるよ。ちょっといじわる言っただけ。ありがとう、結愛。好きでいてくれて」
視界の端で明るい茶色の髪が揺れる。それを見ているわたしの目は、緑色をしているのである。
私のおばあちゃんは、イギリス人だ。ひいおばあちゃんとひいおじいちゃんと一緒に日本にやって来て、おじいちゃんと出会って、お父さんが生まれて、そうしてわたしも生まれた。
お父さんは小さい頃に見た目をからかわれることがあったらしいけれど、わたしはそこまでではない。そこまでではないけれど、髪を染めているのかとかカラコンをしているのかとか言われたことはある。説明したらみんな分かってくれたけれど。
さっき、副会長はもしかしたらわたしの見た目にぎょっとしたのかな。
「かわいい結愛も生徒会と戦えるんじゃないの?」
「えー。あたしが美男美女の仲間入りなんてしちゃったらモテてモテて大変よ! 白馬の王子様ってのは寄って来た中から選ぶんじゃなくて自分で探しに行きたいな」
「そうなんだ」
「それにバドミントン楽しいし!」
にこりと笑って、結愛は歪な形の折り紙をトートバッグに入れた。
あれは、何の動物なんだろう……。
小さな四角い紙が手の中で形を変えていって、わたしの前には金魚が一匹姿を現す。
元気に泳ぎ回りそうなかわいい金魚のできあがり。
「おー、さすがエル。手際がいいねぇ」
わたしの手元を見ながら、結愛はそう言った。
「エルに頼んでよかった! 折り紙と言えばエルだもんね。ありがたやー、藍野エル様ぁ」
「様って、おおげさだよ」
わたしはただ、折り紙が好きで、お友達の中ではほんのちょっぴり上手に作れるだけ。外を見ればわたしよりも上手なひとなんて、たくさんいる。
手の中で紙の金魚が小さく揺れ動いた。バレちゃう! と思ったけれど、結愛は自分の持っている折りかけの折り紙をじっと見ている。よかった、見られていない……よね。
とっても仲のいい幼なじみの結愛にも、これを見られるわけにはいかないんだから。
わたしは金魚を両手で包んで隠し、おとなしくなるのを待つ。泳ぎそうだなんて考えたのがいけなかったな。みんなの前で折る時は無心で作らなきゃ。
これは、わたしの秘密。
ひいおばあちゃんから教えてもらった、秘密の力。
「中学生になっても来ていいよー、って言われてたから行ったら、飾り作り頼まれるなんてね。エルがいてよかったけど」
「児童会館にはたくさんお世話になったんだから、これくらいやらないと」
「他の人も頼まれてるらしいよ。あたし達で一番強そうなの作っちゃお」
「バトルするわけじゃないんだから……」
静かになった折り紙の金魚を、床に広げてある結愛のトートバッグに放り込む。もう大丈夫だよね。
今日の昼休みの予定は、こうして結愛と折り紙をひたすら折ること。お互い他にすることもこれといってないし、向かい合っておしゃべりしながら折り紙を折るのも楽しいよね。
せっせと折り紙を折り続けていると、廊下の方からにぎやかな声が聞こえてきた。それはだんだん近づいてきて、わたし達のクラス、一年二組のすぐそばまで来た。
そして、黄色い声を上げる女子数人に囲まれるようにしながら教室へやって来たのは二人の男子。名札の色で分かることだけれど、クールな感じの方が三年生で、穏やかそうな感じの方が二年生だ。
「生徒会長の藤崎先輩と、副会長の黄瀬先輩だ」
「結愛、詳しいんだね」
「あたしら一年生は上級生のことあまり知らないけどさー、二人揃ってイケメンだって人気らしいよ。女バドの先輩から聞いた」
「へえ、そうなんだ」
確かにかっこいい……かもしれないけれど、そんなにみんなで囲むほどなのかな。絶対近くの高校の高校生の方がかっこいいと思う。
「白石くんいる?」
会長が教室の中をのぞきこんで言った。そういえば大地くん、生徒会に入ったんだったっけ。
「はっ、はい! 白石大地います!」
「あぁ、よかった。放課後ちょっと残れる? 生徒会室に来て」
「分かりました!」
「じゃあ、後で」
会長はくるりと背を向けて、立ち去る。けれど、副会長はまだ教室をのぞいていた。
なんだろう。今、目が合ったような気がした。副会長、わたしを見ている? しかもちょっぴり驚いた顔をしている気がする。
「湊、行くよ。次のクラス」
「わ。はい、すみません」
会長に呼ばれて副会長も教室からいなくなる。二人を囲んでいる黄色い声も一緒に遠くなる。
なんだったんだろう。あの視線。
折り紙を折っているところが目に入って、子供っぽいと思ったのかな。
それとも。
今、この手の中にある折り紙のペンギンが動いてしまったのかもしれない。そういう感覚はなかったけれど、可能性が全くないとは言い切れない。
わたしは手のひらに寝転んでいるペンギンを見下ろす。動きそうな気配はない。
それじゃあ、どうして? なんで?
なんで、副会長はあんな顔をしてわたしを見ていたんだろう。
「エル? どうかした?」
「あっ。ううん、なんでもないよ」
「うちの生徒会さぁ、美男美女ばかりって噂だけど、確かに実物見るとそうなのかもね。大地も結構かっこいいって言われてるし」
「大地くんかっこいいかな?」
大地くんとは小学三年生の時からの知り合いだけれど、彼のことを特別かっこいいと思ったことはない。かなりやんちゃだし、言葉は悪いけれどがきんちょだ。
「走り回ってばんそうこうだらけの頃から知ってるあたし達にはそう見えないんだけど、中学入ってから知った人にはかっこよく見えるらしいんだよ。まあ黙ってれば多少は……そうかもなぁと思わなくもなくない?」
「うーん、どうだろう」
「そういえばさ、エルは結局帰宅部でいいの? あたしエルなら生徒会とも戦えると思うんだけどな」
「何をどうやって戦う状況になるの。そもそもわたしより結愛の方がかわいいし」
かわいいと言われて、結愛は「むふふ」と笑った。こういうのをまんざらでもないって言うらしい。
「かわいいのはあたしかもしれないけど、綺麗なのはエルじゃん?」
「それは……わたしの見た目が珍しいからって話?」
「そうやって言う人もいるけど、あたしは純粋にエルのこと好きだよ。ってか、あたしがそんなこと言うやつだったら十年も付き合ってないでしょ?」
「分かってるよ。ちょっといじわる言っただけ。ありがとう、結愛。好きでいてくれて」
視界の端で明るい茶色の髪が揺れる。それを見ているわたしの目は、緑色をしているのである。
私のおばあちゃんは、イギリス人だ。ひいおばあちゃんとひいおじいちゃんと一緒に日本にやって来て、おじいちゃんと出会って、お父さんが生まれて、そうしてわたしも生まれた。
お父さんは小さい頃に見た目をからかわれることがあったらしいけれど、わたしはそこまでではない。そこまでではないけれど、髪を染めているのかとかカラコンをしているのかとか言われたことはある。説明したらみんな分かってくれたけれど。
さっき、副会長はもしかしたらわたしの見た目にぎょっとしたのかな。
「かわいい結愛も生徒会と戦えるんじゃないの?」
「えー。あたしが美男美女の仲間入りなんてしちゃったらモテてモテて大変よ! 白馬の王子様ってのは寄って来た中から選ぶんじゃなくて自分で探しに行きたいな」
「そうなんだ」
「それにバドミントン楽しいし!」
にこりと笑って、結愛は歪な形の折り紙をトートバッグに入れた。
あれは、何の動物なんだろう……。
