朝靄の中、馬車がゆっくりと止まった。 ぎい、と軋んだ音を立てて扉が開かれる。侍女は、私の顔を一瞥することもなく、ただ無言で手を差し出してきた。 「ここで結構です。あとはご自由に」 それだけ言い残して、馬車は何事もなかったかのように去っていった。 街道の先、雨に煙る林の中へと音もなく消えていく。 私は、ひとりきりになった。 辺境の街の外れ。 地図にもほとんど載らない、小さな集落。 侯爵家から与えられたわずかな金と、ひとつの鞄だけが、今の私の全財産だった。