第12話:名前で、呼んで
○日曜の午後。大学近くのカフェテラス。
◇ふたり並んで座る、恋人としての“最初の”休日。

◆テーブルに置かれたアイスティーとレモンケーキ。
◆日差しがやわらかく降り注いでいる。

優結(微笑みながら)
「こうして並んでるの、ちょっと照れますね」

湊(少し照れたように)
「……そうか?」

優結(くすっと笑って)
「“恋人同士”って、実感がまだふわふわしてて……」

◇ふたりの会話は、以前よりも少しだけくだけている。
◇でも、湊の中には、言葉にできない“ある重さ”があった。

湊(モノローグ)
「恋人になった――けど、それって俺にとって“ちゃんと守れる相手ができた”ってことだ」
「本気で試験に受からないと……この先の未来なんて、語れない」



◇優結が、ふと話題を変える。

優結
「……あの、もしよかったら、私のこと“名前で”呼んでくれませんか?」

◆湊、一瞬戸惑ったように目を見開く。


「……名前?」

優結(少し恥ずかしそうに)
「“西條さん”って呼ばれるのも嫌いじゃないけど……でも、“湊さん”って呼ぶたびに、距離が近づいた気がしてたから」
「私も、“久賀さん”じゃなくて、“湊さん”って、これからは呼んでもいいですか?」


◇沈黙。

◆湊は、口を開こうとして、言葉を飲み込む。
◆やがて、ゆっくりうなずいて。


「……いいよ。俺も、“優結”って呼んでみたい。……慣れないけど」

◆優結の頬が、嬉しさでふわりと染まる。

優結(モノローグ)
「名前を呼ばれるだけで、こんなに嬉しいなんて――知らなかった」


○その夜・湊の下宿先。
◇机の上には、分厚い判例集と六法。
◇スマホには優結からの【今日はありがとう】のメッセージ。

湊(モノローグ)
「……俺、本当にこの子と一緒に未来を歩けるのか?」
「“好き”って気持ちだけで済まされない現実が、そこにある」
「試験に落ちたら、全部が壊れる気がして……怖い」


◇一方その頃――
○優結の部屋。
◇彼女は練習の後、ベッドに座りながらスマホを見つめる。

優結(モノローグ)
「“湊さん”って呼べた」
「それだけで、ほんの少し、彼の心に触れた気がした」
「……私、この人を信じたい。支えたい。待っていたい」

○それぞれの部屋、同じ夜空の下。

◆ふたりは、画面越しに「おやすみ」と打ち、
◆そして小さく笑う。

優結(モノローグ)
「“好き”って気持ちは、名前で呼ぶことから少しずつ育っていく」
「大丈夫。あなたの迷いごと、全部抱きしめられるような私でいたい」