「お父さんって呼ばれて嬉しそうだったな、小日向先生」
出勤の準備をしながら言う明巳にほたるは言う。
「でも、もう呼びません」
「なんでだ。
早島のお父さんに悪いからか?」
それです、と鞄の中身をキッチンで確認していたほたるは明巳を振り向いて言う。
「早島のお父さん、有働のお父さん。
二人もいると、わかりづらいじゃないですか」
「お母さんは?」
と訊いてくる明巳に眉をひそめて、ほたるは言った。
「そちらは更に難解です」
ほたるには現時点で四人の母がいる。
産みの母。
義理の母。
義理の母ですらない、啓介の元嫁。
しっかり育ててくれた母代わりのおばあちゃん。
「……ちょうど四人か」
と呟く明巳に、
「なにがちょうどなんです?」
と訊く。
「お前の手足を引っ張って、離したやつがお母さんだ」
と言うので笑ってしまった。
でも、なんでだろうな、とほたるは思う。
ほんとうなら、いろいろ問題があるだろうこの状況も今では笑いごとだ。
それはたぶん――
明巳さんと暮らしているこの家が私の家で。
昔のごたごたも、なにもかも。
別の場所で起こった、過去の出来事に過ぎないと感じるようになったからだ。



