「男装してアイドルのオーディションに出てくれ」

「お願い絃ちゃん‼」

午後22時。冬。二月の中旬で一番寒い時期であり、中学二年生の私にとっては三年に上がる前の大切な時期。
そんな中、私、萩原(はぎわら)絃佳(いとか)は両親二人に勢いよく頭を下げられていた。

「うん、分かった」

私はそんなお願いに、躊躇うことなくサラッとそう返事する。

「そうだよな……無理だよな…」

「いや、あなた!今絃ちゃん分かったって言ったわよ」

「ほっ、本当か?お前の聞き間違いじゃ……?」

「私の耳が遠いって言いたいのかしら?」

「ひっ、ち、違うんだ‼そういうことじゃない!!!」

「あら?本当かしら?」

「もっ、もちろんだ!!」

私の前で繰り広げられるしょうもない夫婦漫才に目を細め、冷たい視線を送る。

「あっ……」

「い……絃ちゃん………」

ようやく私の視線に気が付いたのか二人が押し黙る。

「私はいいよって言った」

そう言った私に、両親は目を輝かせた。

「ほんとかっ!絃佳」

「ありがとう!!」

二人がまた頭を下げる。

「頭、上げて。私は別にいいんだよ。二人からずっとMASTER(マスター) PRODUCTION(プロダクション)でアイドルとして芸能界デビューするためにってレッスン受けてきたんだし」

私は無表情でそう言った。

私は元々アイドルを目指していたのだ。
『MASTER PRODUCTION』っていうのは通称マスターっていう、私の両親が私を産む前から経営している会社の芸能事務所だ。

私が母のお腹にいることが分かった時から、私はマスター所属で芸能界にデビューすることが決まっていたらしい。
なんでも、最初の子は絶対マスターから芸能界に入れると決めていたらしい。

私は現在中学二年で、私のデビューは高校一年になった春にデビューする予定……だった。
けれど、今、こうして両親にお願いされていることで、デビューが少し早まるだけ。

オーディションだから受かるかどうかでデビューできるかどうか決まるんだけど。

「そう……だよな。でも、いいのか?男装だぞ?男としてなんだぞ……」

父が眉の端を下げて心配そうにそう言ってくる。