Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜

クリスマスの特別番組に出演したある日、無事に収録を終えて控え室に戻ると、想はふと『小夜曲』の楽譜を手にした。

(この曲をきちんと演奏したい)

スタジオで曲作りの為だけにしか弾いてこなかったが、想いを込めて音にしたい。
そうすることで初めてこの曲は完成する。
そう思った。

だからといって、人前で演奏する気にはなれない。
もちろんこの曲を売り出すつもりもなかった。

(誰にも触れさせない。俺の一番大切なこの曲には)

グッと唇を引き結ぶ。
そしてふと遠くを見つめて考えた。
どこで演奏するのがふさわしいだろうと。

(……あのバーは?)

マスターに頼んで、貸切りにさせてもらえないだろうか。
あのバーこそ、この曲を弾くのにふさわしい。
いや、あそこ以外の場所では弾く意味がない。
そう思った。

早速スマートフォンを取り出し、ホテルのホームページからバーの連絡先を探して電話をかける。
マスターに「以前一度そちらで演奏させていただいた来栖です」と名乗ると、すぐに『ああ、 来栖さん』と嬉しそうな声が返って来た。

『どうかしましたか? ひょっとして、またうちで演奏してくれる気になったとか?』

そう言われて想は声のトーンを落とす。

「いえ、そういう訳ではなくて恐縮ですが。実はお願いがありまして」

バーの営業時間が終わったあと、十五分だけでいいから貸切りでピアノを弾かせてもらえないかと話すと、マスターは少し押し黙ってからすぐに明るく答えた。

『いいですよ』

想はスマートフォンを持つ手に力を込めた。

「本当ですか?」
『ええ。営業終了後だと深夜の一時になりますが、それでよければ』
「はい、もちろんです。よろしくお願いします。貸切り料金は、一時間分でも二時間分でもお支払いしますので」
『いりませんよ、そんなの。それより、日程はこちらで指定しても構いませんか?』

思わぬ言葉に、想は一瞬首をひねる。

「あ、はい。大丈夫です。いつ伺えばよろしいですか?」
『来週の木曜日に』
「来週の木曜ですね、承知しました。では営業時間が終わる頃にお伺いします。よろしくお願いいたします」

そう言って電話を終えた。