検査の結果、脳にも手首にも大きな異常はなかったが、念の為ひと晩入院することになった。
「気分が悪くなったらすぐにナースコールしてください。なにもなければ明日には帰れますから。後頭部の腫れと手の擦り傷も、数日で引くと思います。それから右手首ですが……」
「あ、はい」
ドクターは小夜の右手を取って、少し動かす。
ズキッと痛みが走り、小夜は思わず顔をしかめた。
「骨には異常ありませんが、軽い捻挫ですね。一週間ほどは動かさない方がいいと思います」
「えっ、それでは仕事は……」
「ピアノのお仕事はお休みした方がいいですね。弾くと痛むと思いますし、悪化しますから」
「……わかりました」
「では、お大事に」
「はい。ありがとうございました」
ドクターが病室を出ていくと、ベッドの上で半身を起こした小夜は右手首を見下ろしてため息をつく。
湿布を貼られ、包帯で固定されていては、ピアノは弾けそうになかった。
(どうしよう、明日からの仕事……)
楽器店での仕事は休みをもらえそうだが、問題はバーの方だ。
ピアノ仲間に代役をお願いするにしても、こんな夜更けでは連絡できない。
(仕方ない。明日の朝、手当り次第に当たってみよう)
そう思っていると、コンコンとドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
返事をすると、先程まで付き添ってくれていた男性が入ってきた。
だがすぐあとに、まったく同じ服装で背格好もそっくりな男性が入ってきて、小夜は目を丸くする。
「えっ、あの……」
驚いて交互に見比べていると、二人は帽子を取って小夜に頭を下げた。
「この度は大変申し訳ありませんでした。私、株式会社スリーセブンエージェンシーの本田と申します」
そう切り出したのは、どうやら車を運転していた男性らしい。
付き添いの男性よりは声がやや高く、見比べてみると身長は少し低かった。
「ドクターから説明を受けました。大事には至らなかったものの、今夜ひと晩入院することになったと。それからお仕事も一週間お休みされるとのことで、重ね重ね本当に申し訳ありません」
深々とお辞儀をする二人に、小夜は慌てて声をかける。
「いえ、そんな。あなた方は何も悪くありませんから」
「ですが、原因はこちらにあります。入院や診察の費用、お仕事をお休みされる期間の補償金、それからご迷惑料もお支払いいたします。ですので、なにとぞ今回のことは内密にしていただき、勝手ながらその旨一筆いただければと……」
「はっ?」
どういうことかとポカンとしていると、付き添ってくれていた男性が口を開いた。
「本田さん、その必要はない。彼女は俺を知りませんから」
「えっ!?」
その反応に、小夜も、え?と驚く。
(どういうこと? 私がこの男性のことを知らないのが変なのかしら)
すると本田と呼ばれた男性が、あたふたと取り繕った。
「そうでしたか。では、あの、そういうことで。えっと、明日の朝、退院の手続きの時にまた参ります。どうぞお大事になさってください」
「はい。ありがとうございました」
二人が病室を出ていくと、小夜は首をひねって考え込む。
(内密にしてほしいって、私がケガをしたことを? なぜ、そんな……)
考えようとしたものの、時刻は既に深夜の二時。
小夜はいつの間にか、スーッと眠りに落ちていった。
「気分が悪くなったらすぐにナースコールしてください。なにもなければ明日には帰れますから。後頭部の腫れと手の擦り傷も、数日で引くと思います。それから右手首ですが……」
「あ、はい」
ドクターは小夜の右手を取って、少し動かす。
ズキッと痛みが走り、小夜は思わず顔をしかめた。
「骨には異常ありませんが、軽い捻挫ですね。一週間ほどは動かさない方がいいと思います」
「えっ、それでは仕事は……」
「ピアノのお仕事はお休みした方がいいですね。弾くと痛むと思いますし、悪化しますから」
「……わかりました」
「では、お大事に」
「はい。ありがとうございました」
ドクターが病室を出ていくと、ベッドの上で半身を起こした小夜は右手首を見下ろしてため息をつく。
湿布を貼られ、包帯で固定されていては、ピアノは弾けそうになかった。
(どうしよう、明日からの仕事……)
楽器店での仕事は休みをもらえそうだが、問題はバーの方だ。
ピアノ仲間に代役をお願いするにしても、こんな夜更けでは連絡できない。
(仕方ない。明日の朝、手当り次第に当たってみよう)
そう思っていると、コンコンとドアがノックされた。
「はい、どうぞ」
返事をすると、先程まで付き添ってくれていた男性が入ってきた。
だがすぐあとに、まったく同じ服装で背格好もそっくりな男性が入ってきて、小夜は目を丸くする。
「えっ、あの……」
驚いて交互に見比べていると、二人は帽子を取って小夜に頭を下げた。
「この度は大変申し訳ありませんでした。私、株式会社スリーセブンエージェンシーの本田と申します」
そう切り出したのは、どうやら車を運転していた男性らしい。
付き添いの男性よりは声がやや高く、見比べてみると身長は少し低かった。
「ドクターから説明を受けました。大事には至らなかったものの、今夜ひと晩入院することになったと。それからお仕事も一週間お休みされるとのことで、重ね重ね本当に申し訳ありません」
深々とお辞儀をする二人に、小夜は慌てて声をかける。
「いえ、そんな。あなた方は何も悪くありませんから」
「ですが、原因はこちらにあります。入院や診察の費用、お仕事をお休みされる期間の補償金、それからご迷惑料もお支払いいたします。ですので、なにとぞ今回のことは内密にしていただき、勝手ながらその旨一筆いただければと……」
「はっ?」
どういうことかとポカンとしていると、付き添ってくれていた男性が口を開いた。
「本田さん、その必要はない。彼女は俺を知りませんから」
「えっ!?」
その反応に、小夜も、え?と驚く。
(どういうこと? 私がこの男性のことを知らないのが変なのかしら)
すると本田と呼ばれた男性が、あたふたと取り繕った。
「そうでしたか。では、あの、そういうことで。えっと、明日の朝、退院の手続きの時にまた参ります。どうぞお大事になさってください」
「はい。ありがとうございました」
二人が病室を出ていくと、小夜は首をひねって考え込む。
(内密にしてほしいって、私がケガをしたことを? なぜ、そんな……)
考えようとしたものの、時刻は既に深夜の二時。
小夜はいつの間にか、スーッと眠りに落ちていった。



