「藤原さん、今夜の演奏よかったよ」
無事にツーステージ終えて控え室に戻ると、マスターがいつものように軽食とドリンクを持って来てくれた。
「ありがとうございます、マスター」
「やっぱり思い出してしまったな、先週の来栖さんの演奏。藤原さんもそうだったでしょ? さっきの演奏中」
「はい」
嘘はつけず、素直に頷く。
「来栖さんの演奏は、上手いってひとことでは片づけられないくらい、ものすごく惹きつけられた。心に焼き付いてしまって……、って、ごめん。もちろん藤原さんの演奏も好きだよ? そういう意味ではなくて」
「わかります。来栖さんの演奏は、それだけ魅力に溢れてましたから。音楽のことなんて知らなくても、どんな世代の人でも、彼の音を聴けば一瞬で心奪われます」
「そうだね、いつまでも忘れられない。未だに余韻に浸ってるよ。いつかまた聴けたらなあ。なんて、こんなことを思う自分にびっくりする。じゃあね、藤原さん。気をつけて帰ってね」
「はい。ありがとうございました」
マスターが出ていき、一人になった控え室で、小夜はじっとテーブルに目を落とす。
(先週は私、来栖さんとここにいたんだ。向かい合って座って、カクテルの名前を教えてもらって……。見ると幸せになれるって教えてくれたな。奇跡のようなブルームーンを)
そう考えた途端、涙が込み上げてきた。
(彼と出逢ったことを、私は後悔している? 幸せになんて、なれなかったと)
いいえ、違う。
出逢えてよかった。
彼の演奏を聴けてよかった。
彼と過ごしたあの夜を、後悔なんてしていない。
(あの時、彼の腕の中で、私は確かに幸せだったから)
それだけは間違いなかった。
小夜は指先で涙を拭うと、胸元を握りしめた。
まるでそこに、想との大切な思い出をしまい込むように。
無事にツーステージ終えて控え室に戻ると、マスターがいつものように軽食とドリンクを持って来てくれた。
「ありがとうございます、マスター」
「やっぱり思い出してしまったな、先週の来栖さんの演奏。藤原さんもそうだったでしょ? さっきの演奏中」
「はい」
嘘はつけず、素直に頷く。
「来栖さんの演奏は、上手いってひとことでは片づけられないくらい、ものすごく惹きつけられた。心に焼き付いてしまって……、って、ごめん。もちろん藤原さんの演奏も好きだよ? そういう意味ではなくて」
「わかります。来栖さんの演奏は、それだけ魅力に溢れてましたから。音楽のことなんて知らなくても、どんな世代の人でも、彼の音を聴けば一瞬で心奪われます」
「そうだね、いつまでも忘れられない。未だに余韻に浸ってるよ。いつかまた聴けたらなあ。なんて、こんなことを思う自分にびっくりする。じゃあね、藤原さん。気をつけて帰ってね」
「はい。ありがとうございました」
マスターが出ていき、一人になった控え室で、小夜はじっとテーブルに目を落とす。
(先週は私、来栖さんとここにいたんだ。向かい合って座って、カクテルの名前を教えてもらって……。見ると幸せになれるって教えてくれたな。奇跡のようなブルームーンを)
そう考えた途端、涙が込み上げてきた。
(彼と出逢ったことを、私は後悔している? 幸せになんて、なれなかったと)
いいえ、違う。
出逢えてよかった。
彼の演奏を聴けてよかった。
彼と過ごしたあの夜を、後悔なんてしていない。
(あの時、彼の腕の中で、私は確かに幸せだったから)
それだけは間違いなかった。
小夜は指先で涙を拭うと、胸元を握りしめた。
まるでそこに、想との大切な思い出をしまい込むように。



