Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜

時間になり、赤いイブニングドレスをまとった小夜は、ステージへと向かう。
あれこれ気になることはあるが、深呼吸して気持ちを整えた。

鍵盤に手を載せ、一曲目を弾き始める。

『Piano Man』

店内の雰囲気が、ふっと明るくなるのを感じた。
お酒を片手に誰もが楽しそうに音に身を任せ、聴き入ってくれている。
観客の反応が、こうやって直に感じられる瞬間が小夜は好きだった。

(きっと来栖さんもそうだっただろうな)

ふとそう思ってしまい、いけないと気を引き締める。
歌詞を口ずさむ声が聞こえてきて、小夜も笑顔で観客を見渡した。
間奏に入ると、即興でアレンジを加える。

(来栖さんなら、こんなふうにするかな?)

またしてもそんな考えが浮かび、軽く首を振った。
ラストをゴージャスに飾ってから弾き終えると、一斉に拍手が起きる。
小夜は微笑んで会釈してから、またピアノに向かった。

(次は何を弾こう)

そう思った時、窓の外に明るく光る月が見えた。

「……セレナーデ」

低く艶やかな声で呟いた、想の言葉が脳裏に蘇る。
気づくと小夜は『ムーンライト・セレナーデ』を弾き始めていた。
しまったと思ったが、観客は、いいねと言わんばかりに笑顔になる。

(もうどうやっても来栖さんを思い出しちゃう)

きっとあの夜の彼の演奏は、それほどまでに自分をとりこにしたのだろう。
小夜はそう割り切って、気持ちのままに自由に演奏することにした。