Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜

(どうしよう、まさか来栖さんが有名人だったなんて……)

仕事を終えて帰宅すると、小夜は糸が切れたように床にペタンと座り込んだ。
仕事中はなんとか気持ちを切り替えたが、こうして一人になると否が応でも思い出される。

(私ったら、なんてことを……。でも今更どうしようもないし)

恋人でもない相手と一夜を共にしてしまった。
そのことだけでも、まさか自分がと信じられない思いだったのに。
その相手が有名人だったとは……。

簡単には割り切れない。
なぜなら小夜にとっては、初めてを捧げた相手だったから……。

これまでつき合ったのは、高校の時に一人だけ。
相手は同級生で、キス止まりのまま自然消滅した。
それからは恋愛とは無縁で、誰かを好きになったりもしていなかった。

(来栖さんにとっては、単なる一夜の過ちよね。ブルームーンに惑わされたとしか思えない)

もちろん誰にも言うつもりはないし、この先彼とどうにかなるとも思っていない。
だが本音を言うと、大切な思い出として胸にしまっておきたかった。
彼にとってはよくある遊びだとしても、自分にとっては大切な一夜だったから。

(でももう、思い出すのもおこがましい。忘れなきゃ。なかったことにして)

小夜はそう自分に言い聞かせる。
今日は日曜日。
これからバーでの演奏がある。
仕事に集中しなければ。

小夜はノロノロと立ち上がり、軽く食事をしてから、衣装と楽譜を持って部屋を出た。