Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜

午後になってもその楽譜本の売れ行きは止まらず、ついに入荷分はすべて完売となる。

「ひー、大変! 追加発注かけたけど、在庫なしだって」
「ええ!? そうなんですね。じゃあ、次回入荷未定のPOP作ります」
「うん、お願いね」

小夜は早速パソコンの前に座り、カタカタと入力する。

(えーっと、本のタイトルは『So Cool』で、アーティスト名が『想』ね)

見本誌を見ながら入力し、プリントアウトしている間、ページをめくってみた。

(どんな曲なんだろう。ピアノの弾き語り用にアレンジされてるけど、ロックとかなのかな? あれ、そうでもないかも)

楽譜を目で追いながら指を動かしてみる。
綺麗なメロディラインに、へえと興味を惹かれた。

「小夜、デモンストレーションで弾いてみる?」

店長が顔を覗き込んできた。

「いいんですか?」
「もちろん。お客様にも喜ばれるわよ」
「じゃあ、少しだけレジお願いします」

小夜はカウンターから出ると、広い店内の中央のステージにあるグランドピアノの前に座った。

(どの曲がいいかな?)

ぱらぱらとめくり、目についたページを弾いてみる。
予想通り綺麗な旋律だなと思っていると、ふとあることに気がついた。

(あれ? これって、ひょっとして)

もしやと思い、別の曲も弾いてみた。

(やっぱり! クラシックの曲をパラフレーズしてる)

間奏で有名なクラシックのフレーズがちらりと顔を覗かせるアレンジは、つい最近も聞き覚えがあった。

(どこでだろう……。あっ、来栖さんだ!)

あのバーでの演奏で、即興の部分にシャレたアレンジで名曲のフレーズを弾いていたのを思い出す。

(素敵だったもんな、来栖さんの即興。って、待って。この本の曲、来栖さんの演奏に似てる。もしかして『想』って……)

小夜は立ち上がるとカウンターに戻った。

「店長。この想って人、顔写真はありますか?」
「あー、それがね。ようやくこの間のコンサートで解禁になったの。ちょっと待って……」

そう言って店長は、パソコンで検索する。

「この人よ。ね? イケメンでしょー」

小夜は画面を見つめたまま言葉を失う。
髪型や服装の雰囲気は違うけれど、間違いない。

(想って……、来栖さんだったんだ)

心の奥深くにしまい込んだはずの記憶が呼び起こされ、小夜は呆然と立ち尽くしていた。