「いやー、今夜は本当にありがとう」
控え室に戻ると、マスターが想に握手を求めた。
店内からはヒューという口笛や、想への称賛の拍手が未だに聞こえてくる。
「またいつか来てくださる日を、楽しみにしています。本当はゆっくりお酒を飲んでいってもらいたいところだけど、お客様の収拾がつきそうにない。見つからないうちに早く帰った方がいいよ」
「はい。お世話になりました。ありがとうございました」
想はマスターにお辞儀をすると、控え室から直接ホテルの廊下に出た。
小夜もマスターに挨拶し、急いで想のあとを追う。
「来栖さん! あの、これを」
エレベーターホールで振り返った想に、小夜は封筒を差し出した。
「なに、これ」
「今夜の謝礼です」
「もらえない。本来は君のものなんだから」
「いえ、代役を務めてくださった方にお渡しするのは当然です」
他のピアニスト仲間にも渡しているし、そうするのが当たり前だった。
だが想は、断固として受け取らないとばかりに、くるりと小夜に背を向けた。
「あの、来栖さん」
「…………」
無言を貫かれ、どうしたものかと小夜は思案する。
とにかくタクシー乗り場まで見送り、別れ際にサッと渡そうと考えた。
エレベーターが到着し、想に続いて小夜も乗り込む。
扉が閉まり、想が押した階数ボタンを見て、小夜は驚いた。
「来栖さん! 二十五階に行っちゃいますよ?」
「そうだけど?」
「え? タクシーでお帰りではないのですか?」
「三日前からここに泊まっている」
「あ、そうだったんですか。だから今も手ぶらなんですね」
どこで着替えたのだろうと不思議だったが、客室で着替えてからバーに向かったのだとようやく納得した。
そうしているうちに、エレベーターは二十五階に到着する。
スタスタとエレベーターを降りて歩いていく想のあとを、小夜もついて行った。
客室のドアの前まで来ると、ポケットから取り出したカードキーをかざし、想はドアを開ける。
最後に小夜を振り返った。
「……そんなに簡単に男の部屋について来るな」
え?と首をかしげてから、小夜は一気に顔を赤くした。
「ち、違います! あの、これをどうしてもお渡ししたくて」
想の手にグイッとお金の入った封筒を押し付ける。
「いらない」
「そういう訳にはまいりません。病院の費用も支払ってくださったんですから、せめて演奏の謝礼だけでも……」
「何度も言わせるな。そもそもケガをさせたのはこっちなんだから。じゃあ」
想は強引に封筒を小夜に突き返し、バタンとドアを閉じた。
むーっと頬を膨らませた小夜は、その場にしゃがみ込み、ドアの下の隙間からグイグイと封筒を部屋の中に押し込んだ。
「これでよし!」
満足気に頷いて立ち上がり、帰ろうと歩き出す。
すると後ろでガチャッとドアの開く音がした。
「おい、こら。待て!」
そう言って想が小夜の腕を掴んだ時、向かいの部屋のドアが開いて、眠そうな女性が顔を覗かせた。
「ねえ、いい加減にしてくんない? うるさいんだけど。もめるなら部屋の中でやってよ」
「すみません」
女性に謝ると、想は小夜の腕を引いて部屋の中に入れた。
控え室に戻ると、マスターが想に握手を求めた。
店内からはヒューという口笛や、想への称賛の拍手が未だに聞こえてくる。
「またいつか来てくださる日を、楽しみにしています。本当はゆっくりお酒を飲んでいってもらいたいところだけど、お客様の収拾がつきそうにない。見つからないうちに早く帰った方がいいよ」
「はい。お世話になりました。ありがとうございました」
想はマスターにお辞儀をすると、控え室から直接ホテルの廊下に出た。
小夜もマスターに挨拶し、急いで想のあとを追う。
「来栖さん! あの、これを」
エレベーターホールで振り返った想に、小夜は封筒を差し出した。
「なに、これ」
「今夜の謝礼です」
「もらえない。本来は君のものなんだから」
「いえ、代役を務めてくださった方にお渡しするのは当然です」
他のピアニスト仲間にも渡しているし、そうするのが当たり前だった。
だが想は、断固として受け取らないとばかりに、くるりと小夜に背を向けた。
「あの、来栖さん」
「…………」
無言を貫かれ、どうしたものかと小夜は思案する。
とにかくタクシー乗り場まで見送り、別れ際にサッと渡そうと考えた。
エレベーターが到着し、想に続いて小夜も乗り込む。
扉が閉まり、想が押した階数ボタンを見て、小夜は驚いた。
「来栖さん! 二十五階に行っちゃいますよ?」
「そうだけど?」
「え? タクシーでお帰りではないのですか?」
「三日前からここに泊まっている」
「あ、そうだったんですか。だから今も手ぶらなんですね」
どこで着替えたのだろうと不思議だったが、客室で着替えてからバーに向かったのだとようやく納得した。
そうしているうちに、エレベーターは二十五階に到着する。
スタスタとエレベーターを降りて歩いていく想のあとを、小夜もついて行った。
客室のドアの前まで来ると、ポケットから取り出したカードキーをかざし、想はドアを開ける。
最後に小夜を振り返った。
「……そんなに簡単に男の部屋について来るな」
え?と首をかしげてから、小夜は一気に顔を赤くした。
「ち、違います! あの、これをどうしてもお渡ししたくて」
想の手にグイッとお金の入った封筒を押し付ける。
「いらない」
「そういう訳にはまいりません。病院の費用も支払ってくださったんですから、せめて演奏の謝礼だけでも……」
「何度も言わせるな。そもそもケガをさせたのはこっちなんだから。じゃあ」
想は強引に封筒を小夜に突き返し、バタンとドアを閉じた。
むーっと頬を膨らませた小夜は、その場にしゃがみ込み、ドアの下の隙間からグイグイと封筒を部屋の中に押し込んだ。
「これでよし!」
満足気に頷いて立ち上がり、帰ろうと歩き出す。
すると後ろでガチャッとドアの開く音がした。
「おい、こら。待て!」
そう言って想が小夜の腕を掴んだ時、向かいの部屋のドアが開いて、眠そうな女性が顔を覗かせた。
「ねえ、いい加減にしてくんない? うるさいんだけど。もめるなら部屋の中でやってよ」
「すみません」
女性に謝ると、想は小夜の腕を引いて部屋の中に入れた。



