Blue Moon〜小さな夜の奇跡〜

ファーストステージ、一曲目は『Take Five』

人々のざわめきに紛れるように聴こえてきたジャズのリズムに、カウンターに座っていた男性が「おっ、いいね」と言ってピアノを振り返った。
小夜もじっと想を見つめる。

(なんてかっこいいの。音量は控えめなのに、リズムがクリアでキレ味がいい。そこにちょっと気だるげなメロディが絡んで、もう惚れ惚れしちゃう)

男性のセクシーな魅力に溢れる想の演奏に、すぐさま小夜は釘付けになった。
いつの間にかおしゃべりは止み、皆が想の演奏に聴き入っている。
五拍子の心地良いリズムに身を任せていると、さり気なく曲は次に移っていた。

『My Favorite Things』

三拍子の曲がジャジーな変拍子にアレンジされている。

(うわっ、素敵!)

即興で華やかに音を飾り、楽しそうに微笑みながら演奏する想に、皆も自然と肩を揺らす。

かと思えば、だんだんテンポが上がり、いきなりパーッと世界が明るくなった。

『Don’t Stop Me Now』

えっ、嘘でしょ?と小夜は目を見開くが、店内のボルテージは一気に上がり、手拍子が起きた。
想はパワフルに、時には派手にグリッサンドを入れて生き生きと奏でる。
段々テンポを緩めて雰囲気が落ち着くと、想はふと顔を上げて窓の外を見た。
そして優しい表情を浮かべる。

『Fly Me to the Moon』

ロマンチックで甘美な調べに、小夜も思わず微笑んで窓の外に目を向けた。
夜空に浮かび上がる綺麗な満月に、思わず手を伸ばしたくなる。
やがて曲はしっとりとしたバラードに変わった。

『Honesty』

店内が静まり返り、皆は目を閉じてピアノの調べに耳を傾ける。
切なさに小夜の胸がジンとしびれた時、心を包み込むように音が変わった。

『I’ll Be There』

優しくて温かいピアノの音色。
小夜の胸にも幸せが込み上げてくる。
皆が微笑みながら見つめる中、やがて想は演奏を終えて鍵盤から手を下ろした。

一斉に沸き起こる拍手。
そこでようやく小夜は気づいた。
これまで一度も音が途切れなかったことに。
皆は酔いしれたように、想に拍手を贈り続ける。
立ち上がり、右手を胸に当ててお辞儀をした想が微笑んで頷き、また椅子に座る。
ぴたりと拍手が止み、静寂が戻ってきた。
想はひとつ息を吸ってから、再び演奏を始める。

アンコールは『Your Song』

カウンターの男性が、小さく歌を口ずさむのが聴こえてきた。
誰もが優しい表情を浮かべている。
幸福感に溢れた雰囲気のまま、想はファーストステージを終えた。