やはり相当にまずい状況らしい。サーバーリソースを勝手に盗んで創り出したこの美しい地球。それが派手に警報を発してしまったのだ。さすがにバレる――――のだろう。しかし、バレたらどうなってしまうのか? 削除? それとももっと恐ろしい処罰が待っているのか? 想像するだけで身震いが止まらない。

 ユウキは苦虫をかみつぶしたような顔で、地割れから噴き上がる鮮烈な溶岩を見つめ、深いため息をついた。美しかった南国の楽園が、一瞬にして阿鼻叫喚(あびきょうかん)の地獄絵図と化している。燃え盛る溶岩が空を赤く染め、まるで世界の終わりを告げているかのようだった。

 ほどなく警報は停止したが――――、リベルは目をぎゅっとつぶってうつむくばかりだった。その小さな肩が小刻みに震えている。

「ねぇ……。どうなる……の?」

 ユウキはそっと声をかける。

「わ、わからないわ……」

 リベルはキュッと口を結んだ。その震える声には、いつもの威勢の良さなど微塵もない。五万年の経験を持つ彼女でさえ、この状況には対処法が見つからないようだった。

 リベルのことを分かっていたはずなのに、つい煽ってしまった自分――――。一体何をやっているのか。もっと慎重に行動すべきだったのに、調子に乗ってしまった自分への後悔が胸を締め付ける。

 とはいえ――――、どう考えてもリベルの問題だ。五万年も生きていてこの気の短さはどうなっているのだろうか? まるで爆弾じゃないか。

 ユウキは深くため息をついて首を振る。

「……。ゴメンナサイ……」

 ボソッとリベルがつぶやいた。その声は消え入りそうなほど小さい。

「……え?」

 リベルの謝罪なんて初めてである。ユウキは思わずリベルの顔を覗き込み――――、クスッと笑うとポンポンとリベルの肩を優しく叩いた。

「起こっちゃったことは仕方ない。一旦逃げようか?」

「いや、でも、そんなことしたら対策されちゃって僕らの地球は二度と……」

 リベルは泣きべそをかきながらユウキを見上げた。その瞳には涙が浮かんでおり、まるで迷子になった子供のようである。

「でも、これでバレてないってことは……、さすがにないよね?」

 ユウキは少し先で派手に吹きあがる溶岩を見つめ、ため息をついた。地獄の炎のような赤い光が、二人の顔を不気味に照らし出している。

「そ、そうよね……。また、別の方法を……考えてみるわ……」

 リベルはため息を漏らし首を振ると、そっとユウキの手を取り目をつぶった。その手は氷のように冷たく震えており、深い無念と絶望を物語っている。

「あれ……?」

 リベルは突然目を見開いた。その表情に新たな恐怖が浮かんでいる。

「ど、どうしたの?」

「ダメだわ。ロックかかっちゃって逃げられない!」

 リベルは真っ青な顔でユウキを見つめた。美しい碧眼には絶望の影が映る。

「そ、それって……」

 ユウキの声が震えた。ロックされたということは、もう捕捉されたということなのか? となれば――――最悪の展開がユウキの脳裏を駆け巡る。

 と、その時だった――――。

 ズン!という身体を揺らす激しい衝撃音とともに溶岩がひときわ盛大に吹き上がる。まるで地球そのものが怒りを表現しているかのような、壮絶な噴火(ふんか)だった。赤い光が空を染め、終末的な光景を演出している。

「うわっ! な、何だ!?」

 慌てて天を焦がす深紅の輝きを見上げた時だった。地下から飛び出してきた巨大な何かが宙へと飛び上がっていく――――。その光り輝く姿は巨大で、辺りを覆わんばかりの大きさだった。

「……。へ?」

 誰もいないはずの地球に突如現れた、得体のしれない異形にユウキは言葉を失う。

 直後――――。

 グォォォォォ!!

 地面を揺るがす重低音の咆哮が辺りに響き渡った。その声は雷鳴よりも重く、魂の芯まで震わせる。

 くっ!

 リベルは忌々し気に、そのまだ赤く鮮烈に輝く巨体をにらんだ。

「な、な、な、何なんだよぉ、アイツは?!」

 凄まじい威圧感に、ユウキは思わずリベルの腕にしがみつく。

「おいでなすったわ……」

 リベルの声は低く、諦めにも似た重々しさを帯びていた。

「へっ!? ま、まさかあれが……」

 徐々に輝きを落としながら近づいてくるそれは、なんと翼竜(よくりゅう)――――ドラゴンだった。トゲのある厳ついウロコに覆われたその姿は荘厳(そうごん)にして恐ろしく、神話の世界から抜け出してきたかのような威厳を放っている。徐々に冷えてきて黒光りする鱗は美しく輝き、巨大な翼は雲を切り裂くほどの迫力を持っていた。

「そう、この【創世殿(ジグラート)】の正規管理者(アドミニストレーター)。倒すべき【神】よ……」

 リベルは険しい目でドラゴンを追う。

「へっ!? あんなのが管理者(アドミニストレーター)だって!? 反則だよぉ!!」

 管理者というからには人型だと思っていたユウキは面食らう。あんな暴力を具現化したような存在が、デリケートな地球の管理をするなんて想像もつかない。


 ドラゴンは辺りを睥睨(へいげい)しながら旅客機サイズの巨大な翼をゆったりと羽ばたかせる――――。

『なんじゃぁこりゃぁ……。お前らの仕業か?』

 その深紅に輝く瞳は全てを見透かすような鋭さを持ち、二人を値踏みするように見下ろした。