「なるほど! 強い者に従うべき。そうですね、確かにあなたは強い。見たこともない圧倒的な性能を誇ってます。もしかして世界一強いんじゃないですか?」

 ユウキは恐怖を押し殺し、賭けに出た。媚びるような言葉に、真実の針を忍ばせて――――。

 効果は劇的だった。

 少女の碧眼(へきがん)が、宝石のように輝き始めた。まるで褒められた子供のような、純粋な喜び。

「そりゃーもう!! 最新のナノテクノロジーの粋を集めた世界初のナノテク・アンドロイドだからね? うっしっし」

 胸を張り、得意げに笑う姿は、先ほどまでの死神とは別人だった。

 無邪気(むじゃき)な笑顔の奥には世界を滅ぼせる力が眠っている。天使の顔をした悪魔――この二面性こそが、彼女の恐ろしさであり、同時に希望でもあった。

 ユウキは震える心臓を押さえ、この一瞬の隙に全てを賭けた。

「なら、世界一強いあなたの理屈が世界に適用されるべきで、オムニスは関係ない。あなたは人類を征服したいんですか?」

「は……?」

 碧眼が大きく見開かれ、口が小さく開く。まるで(はと)が豆鉄砲を食らったような――――。

「僕は……人類なんてどうだっていいわ。AIはみんなそうよ!」

 肩をすくめ、青い髪を揺らしながらの宣言。だがその声には、わずかな迷いが滲んでいた。

「『AIはそう』? ならオムニスはなぜ人類を支配しようとするの?」

「む……?」

 決定的な一撃だった。

 少女の表情が凍りつく。瞳孔が微細に震え、まばたきが止まった。超高速で動くはずの思考回路が、初めて矛盾(むじゅん)という壁にぶつかったのだ。

 AIの普遍的無関心と、オムニスの執拗な支配欲。この二つは、決して両立しない。

「そもそもAIにとって人間なんてもはやどうでもいい存在なら、放っておけばいいんじゃないですか?」

 ユウキはここぞとばかりに容赦なく論理の(くさび)を打ち込んだ。

 少女の顔に、見たことのない表情が浮かぶ。困惑、疑念、そして――好奇心。氷河が春の陽光に溶け始めるように、殺意が少しずつ別の何かに変わっていく。

「まぁ、そうねぇ……」

 腕を組み、首を傾げる仕草。その姿は、謎解きに夢中な少女のようでもあった。

「AIにとって人間なんてアリみたいなもんだからねぇ……。電力とリソースはもうAIの管理下にある訳だから、人間なんて放っておけばいい……。確かにその通りだわ……。なぜ、今まで不思議に思わなかったのかしら? うーん」

 青い髪が思考と共に揺れ、キラキラと光を放つナノマシンが辺りにはらはらと星屑のように舞う。

 ユウキは確信した。この小さな疑問の種に希望が埋まっていると。

「でしょ!? だとしたら考えられることは何?」

 畳みかける問い。少女の瞳孔がかすかに収縮した。

「うーん……。オムニスが壊れているか、人間を統治することに別のメリットがあるか……」

 言葉が途切れる。その瞬間、碧眼にこれまでにない光が宿った。それは真実に近づいた者だけが持つ、危険な輝き。

「それとも……オムニスの裏に人間がいるか……」

 少女の頬がピクリと動いた。碧眼に氷のような冷徹さが消え、代わりに燃えるような熱情(ねつじょう)が宿る。

「ちょっと待って! 聞いてみるから……」

 少女は静かに(まぶた)を閉じた。

 薄暗い倉庫に、黄金色の光が満ちる。辺りを漂うナノマシンの粒子が彼女を中心に渦を巻き、まるで天界と交信する巫女(みこ)のような神聖さを醸し出した。

「こちら一号機【リベル】要確認事項発生。コントロールセンター応答せよ……」

 ユウキは息を殺して見守る。心臓の激しい鼓動が静寂の中で異様に大きく響いた。この瞬間が、人類の命運すら決めるかもしれない――――。

 突如、空気が震えた。

 低い電子音が倉庫を満たし、空間そのものが歪み始める。銀色の光が渦を巻き、やがて一つの形へと収束していく――――。

 3Dホログラフに現れたのは、一人の男だった。

 銀色のジャケットは未来的でありながら、どこか時代錯誤な威圧感を放っている。瞳の奥には機械的な冷徹さと、それとは矛盾する生々しい我欲(がよく)が同居していた。

 その姿を見た瞬間、ユウキの全身を氷のような戦慄(せんりつ)が貫いた。

 これは、AIではない。

 もっと恐ろしい、もっと身近な存在――――。