やがて、その時が訪れる――――。

 舌の動きが鈍くなり、徐々に崩れ始める。

 ユウキはそれでも優しく、崩れていく舌を撫で続けた――――。

 直後、一気にリベルは崩壊し、腕の間をすり抜けて完全な砂の山と化した。

 青かった髪も、碧く輝いていた瞳も、美しかった容姿も、全てが崩れ落ち、黒い砂となって床に広がっていく。悲しいほどに儚く、全てが終わってしまったことを静かに告げていた。

 あぁ……。

 ユウキは力なくペタンと座り込み、赤く爛れた手でリベルだった黒い砂をすくってみる。頬を伝う涙が止まることなく床に落ちていく。瞳には静かな諦めと、これから訪れる最期への覚悟が浮かんでいた。

 リベルの頭脳はきっとどこかのデータセンターで無事に違いない。その考えが少年の心に微かな慰めをもたらす。彼女は自分が消えた後もどこかで生き続ける――その希望を胸に、ユウキは大きく息をついた。

 先ほどまでゴウンゴウンと響いていた屋上の排気ダクトも電力を失って静まり返り、ただ気持ちいい潮風がそよぐばかり。もうすぐやってくる世界の終わりが嘘のように静寂に包まれていた。

 ユウキは空を見上げる。高層に不思議な形の筋雲が見えるが、先ほどの核爆発の影響はそれくらいしか見受けられない。ただののどかな青空。でも、この平和な風景にもうすぐ核の炎が吹き荒れるのだ。皮肉なほどに美しい景色に囲まれながら、残酷な矛盾に胸が締め付けられる。

 あぁぁぁ……。

 ユウキはリベルのカケラを丁寧にバッグへと詰め込んでいく。指先に触れる彼女のカケラは、かつての温もりを失い、冷たく無機質な感触だけが残っていた。それでも大切な宝物。一粒一粒、星屑を集めるかのように、優しく拾い集めていく。

 一体どこで間違ってしまったのか――――?

 ユウキは瞳を曇らせながらこれまでの道のりを思い返す。頬を伝う一筋の涙が顎から落ち、リベルの黒い砂と混ざり合う。司佐が核のボタンを押したのが直接の原因ではあるが、オムニスが撃ち落とさなければこんな結末には至らなかったはず。オムニスだって馬鹿じゃない、こうなると予測できていたはずではないだろうか? だとすれば――あえて核を使いたかった? なぜ? 何のために?

 少年の心には怒りと悲しみが渦巻き、答えのない問いが血潮を熱くする。けれど、もはや時すでに遅し。全ては風前の灯火。

 ユウキは取り留めのないことを考えながらリベルをあらかた集め終わると、バッグの口をキュッと紐で縛った。指先には愛おしさと名残惜しさが滲み、心臓の鼓動と共に震えている。

 眼下に広がる川崎から横浜への街並みは、まだ何も知らない人々の営みで満ちていた。学校で学ぶ子どもたち、家事をする大人たち、散歩する老人たち、多くの人たちがいるが――――みんな死んでしまうのだ。

 全てが消え去るまであとわずかな時間しか残されていない。儚さに胸が締め付けられるような痛みを覚え、ユウキは口をキュッと結んだ。

 これから失われるすべての景色がまるで聖域のように鮮烈な美しさを帯び、愛おしくユウキの目に映る。

 ユウキは司佐が出てきたドアから中へ入ると、冷たいコンクリートの階段に静かに座り込んだ。大樹の根の隙間のような小さな窓から東京湾が見え、キラキラと日の光を反射して海面が煌めいている。最期の風景として目に焼き付けておくには相応しい美しさ。世界が最後の別離を惜しむかのように、この上ない輝きを放っている。

 ユウキはバッグを大事そうにお腹に抱えると、大きく息をつき、リベルと過ごしてきた熱い日々を思い返す。鮮烈な出会いから、全てが走馬灯のように脳裏を駆け巡る。初めは敵同士だったのに、いつしか互いを理解し、信頼し、そして――心を通わせた。

 ユウキの指先がバッグの布地を優しく撫でる。それはリベルの頬に触れるような、切なく愛おしい動きだった。心の中で彼女の姿が蘇り、碧く輝く瞳と、風に揺れる青い髪が鮮やかに浮かび上がる。