「そうか……」

 その声は、枯れ木が風に揺れるように掠れている。

「あんたは確かに我々の宿敵だ。憎んでも憎みきれない、仲間たちの仇だ」

 一呼吸置いて、リーダーは顔を上げる。そこには、過去を超えて未来を見据えようとする、痛みを伴った決意があった。

「だが……そういうことであれば、我々の目的は同じということになる」

 言葉を切り、室内の反応を確かめるように見回す。

「組める余地は……あると、私は思っている」

 それは、死んでいった仲間たちの亡骸(なきがら)を踏み越えてでも、前に進もうとする者の覚悟だった。

「リーダー!」

 葛城が血相を変えて叫ぶ。

「何言ってんすか!? ユウジも、アキラも、みんなコイツに殺されたんすよ!」

 その声は、裏切られた者の慟哭にも似ていた。信じていたリーダーまでもが、仇敵と組もうとしている。

「そうだ」

 リーダーは静かに認める。リベルに殺されてきた優秀だった多くの部下たち、一人一人を瞼の裏に思い浮かべていく。

「だが、彼らの想いを成就させることの方が、仇討ちよりも大切だ……。そう思わんかね、葛城?」

「くっ……!」

 葛城の顔が苦悶に歪む。奥歯を噛み締める音が、静寂の中に響いた。

「で?」

 リベルが空気も読まずに言い放つ。彼女は苛立たしげに、刃の腹で葛城の顎をぐいと持ち上げた。

「どうすんの? 組むの? 組まないの? 早く決めてよ」

「ぐぐっ……!」

 葛城の喉から、苦痛の呻きが漏れる。屈辱と怒り、そして現実を前にした無力感が、顔に浮かんでいた。

「ストップ、ストップ!」

 ユウキが慌てて間に入る。このままでは、せっかくの協力関係が血で始まってしまう。

「だからさぁ……リベル、お願いだから」

「何よ?」

 リベルが不満そうに頬を膨らませる。なぜ自分が制止されるのか全く分からないのだ。

「人間には……考える時間というものが必要なんだ」

 ユウキは必死に、人間という生き物の複雑さを説明する。

「認めんぞ!」

 血走った目でリベルを睨みつけながら、葛城は吼えた。

「貴様なんぞ、味方とは認めん!」

 しかし、次の瞬間、声のトーンが落ちる。

「だが……敵が同じなら、協調することも……あるかもしれんな」

 それは、感情を理性で必死に押さえ込もうとする、人間の苦闘の表れだった。憎しみは消えない。だが、より大きな目的のために、一時的に牙を収める――それが、彼なりの妥協点だった。

「ふぅん……」

 リベルは面倒くさそうに眉をひそめる。人間の複雑な感情の機微など、彼女には理解しがたい非効率なものでしかない。

「じゃあ、結局組むってことね?」

 値踏みするような視線で、葛城の顔を覗き込む。

「味方として組むわけじゃない!」

 葛城は、最後の意地を込めて吠えた。目は血走り、全身から怒りのオーラが立ち上る。

「共闘だ! ただ、作戦行動を共にするだけだ!!」

 その区別は、彼にとって決定的に重要だった。仲間の仇を味方として受け入れることはできない。だが、同じ敵と戦う者として、一時的に共闘することなら――ギリギリ、許容できる。

「何だか、よく分かんないわね」

 リベルは肩をすくめる。人間の面倒な感情論に付き合うのは、彼女にとって非生産的な時間でしかない。

「まあ、いいわ。使えるなら使うし、役立たずだったら……」

 言いかけて、にやりと笑う。

「見捨てるだけよ?」

 そう言い放つと、リベルは葛城を突き放した。解放された葛城は、よろめきながらも何とか踏みとどまる。

「ぐはっ……」

 喉元を押さえ、滲む血を手で拭う。その手は震えていた。

「こ、こっちも同じだ! 足手まといになったら、容赦なく切り捨てる!」

 売り言葉に買い言葉。だが、その応酬の中に、奇妙な均衡が生まれていた。

 ユウキは、かろうじて協力関係が成立したことに安堵の息を漏らす。しかし同時に、本当にうまくいくのかどうかイメージがわかず、胃がキリキリと痛むのを感じていた。

 世界最強のアンドロイドと、そのアンドロイドに最も深い恨みを持つ者。この危うい同盟が、果たして最後まで持つのか。不安と期待が入り混じる中、人類解放の作戦はスタートすることとなる。