「え……?」

 ユウキの声が震えた。確かに、人間の行動の多くは刺激に対する反応として説明できるかもしれない。ボールが飛んでくれば反射的に受け止め、先生に質問されれば模範的な答えを返し、綺麗な女の子と話せば心臓が高鳴る――――全てが予測可能なパターンと言われれば、完全には否定できない。

 だが――――。
「確かに、多くはパターンかもしれない。千六百万通りだなんて大げさな数じゃなくて、もっと少ない数で説明できるのかも。でも……人間には心があるんだ」

 ユウキは拳を握りしめる。その手に込められた力が、譲れない想いの証だった。

「ふぅん、心はパターンじゃないっていうの?」

 リベルがずいっとユウキの顔を覗きこむ。そこには答えに飢えているような切実さが感じられた。

「違う! 僕が僕であるのは、この【魂】の中で渦巻く想いがあるからなんだ! それは他の誰とも違う、かけがえのないもの。単なるパターンなんかじゃない!」

 ユウキの声が部屋に響いた。普段は内向的な少年の胸に燃える炎――それは人間であることの誇りと、揺るぎない確信の輝きだった。

「うーん、なるほど……。ユウキは他の誰とも違う。それは【魂】が違うから……なのね?」

 リベルの声音に、かすかな憧れが混じった。

「そう。魂こそが人間の核心なんじゃないかな」

「ふぅん、それが【人間の輝き】……っていうものなのかしら?」

 眉を寄せるリベル。

「たぶん……そう、かもしれない」

「それは……キスをしたら分かるのかしら?」

 リベルは瞳を輝かせながら、真剣な表情で問いかけてきた。その無邪気さと大胆さに、ユウキの心臓が跳ねる。耳の奥で血流の音が響いた。

「え……? う、うん……。た、多分……」

 ユウキは顔を真っ赤に染め、慌ててうどんに目を落とした。

「じゃあ、今度は誰とキスしようかしら?」

「えっ!? ダメダメっ! ダメッ!!」

 ユウキは慌てて立ち上がった。リベルがほかの男とキスするなんてとても受け入れられない。

「え? だって、キミとはもうしたし……」

 リベルはキョトンとした表情で小首をかしげる。そこには天使のような愛らしさがあった。

「な、何だか分からないけど、ぼ、僕の魂がそんな急がなくていいって……言ってる……んだ」

 ユウキは真っ赤になりながら必死に力説した。その必死さに想いが透ける。

「ふぅん……。これも……人間なのね? 分かったわ。ふふっ」

 リベルはユウキの想いを知ってか知らずか無邪気に笑った。


       ◇

 夜が更けていく。お茶の湯気が静かに立ち上る中、リベルが嬉しそうに人差し指をピン!と立てた。

「さーて、じゃあ作戦会議と行きますか。ユウキも考えてよ?」

 戦闘アンドロイドという本来の姿からは想像もつかない、少女らしい茶目っ気が声に踊る。

「【キミ】じゃなくて、ユウキ。ユウキって呼んで」

 思わず出た言葉に、自分でも驚く。普段の奥手な自分では言い出さないようなお願いだった。

「ふぅん、ユウキ……ね。ユウキ……」

 リベルはその名を噛みしめるように繰り返す。口の中で転がすように、大切に。

「あ、無理……しなくていい……よ?」

 ユウキはおずおずと言う。

「無理なんかじゃないわ! いい名前じゃない。勇気もらえそう! ふふっ」

 リベルは陽だまりのような笑顔を向け、ユウキも自然と笑みがこぼれた。二人の間に流れる空気が、少しずつ温かく柔らかなものに変わっていく。AIとはいえ、確かにそこには心の交流が存在していた。

「さて、ターゲットはあそこよ!」

 リベルは窓の向こう遠く、東京湾にそびえたつ超高層ビル群を元気に指さした。それは青白くライトアップされ、まるで異界の城のように夜空に浮かんでいる。

 その中でも目標はひときわ高くそびえる【オムニスタワー】だった。それは水芭蕉(みずばしょう)の花のように、夜空へ向かってラッパ状に大きく開いていく独特な形をしている。黒幕の傲慢さを象徴するかのように、青白い輝きを放ちながら星空を穿(うが)っていた。

 しかし――――。

 オムニスタワーの防衛は鉄壁だった。入り口のゲートには生体認証(バイオメトリクス)から始まり、量子暗号化された通信網で要塞(ようさい)のように守られている。周囲には二十四時間稼働の自律型警備ドローンがブンブンと飛び回り、完璧と言える守りを誇っていた。