「はい?」
ユウキはマジックのような光景に目を見開いた。ナノマシンの繊細な技。奇怪に舞ううどんに息を呑む。
パクっと頬張るリベル。それは幼児が離乳食を食べるような不器用な食べ方だった。
眉をひそめ、リベルは斜め上を見ながらモグモグと咀嚼する。青い髪が揺れ、瞳が不思議な光を放つ。一体AIは何を感じているのだろうか?
「うぅん……」
一生懸命考える表情にユウキはドキドキしてしまう。
「どうかな? お、美味しい……でしょ?」
ゴクンと飲み込み、リベルは首を傾げる。人間の感覚を理解しようとする健気さがそこにはあった。
「んー、なんと言ったらいいのか……。まぁいいわ。はい、これあげるわ」
手をユウキへ差し出すと手のひらにパカッと穴が開き、スーパーボールのような球体がコロリ。
「えっ!? な、何これ……?」
薄茶色に赤と茶のマーブル模様でたこ焼きのようにも見える。
「うどんよ? 美味しくしておいたわ。食べてみて!」
なんとリベルは食べた物を調理して出してきたのだ! 体内は一体どうなっているのだろう? まるで食品加工機械のような対応にユウキは唖然とした。
「た、食べられる……の?」
そっと取り上げてみると、それは精密機器のような真ん丸な球体になっている。
「あったり前じゃない! 美味しいはずよ!」
シェフ気取りのドヤ顔。
恐る恐るかじってみると――――。
サクッ。
ビーフとキムチの香りが広がる。
「おほぉ! う、美味い……」
予想を超える味わいに言葉を失った。表面カリッとしたタコ焼きのような食感。旨味たっぷりで牛とキムチの新作タコ焼きのような究極の一品だった。
「ふふっ、美味しいでしょ? ちゃんとメイラード反応させて旨味成分を増しておいたわ」
得意げなリベル。AIが計算した完璧な料理ということだろうか?
食べてもらったら食べさせられていた。謎の体験にユウキは首を捻る。
「もっと作ってあげようか?」
リベルはニコニコとユウキを覗き込む。
しかし、よく考えたらリベルに咀嚼してもらった物なのだ。これじゃまるでひな鳥である。
「あ、大丈夫。うどんはうどんで食べるよ。ありがとう」
慌てて丼を持ち上げ、箸でかき込む。
「あら、そう? 食べたくなったら言ってね」
生まれて初めての料理に満足し、リベルは幸せそうにくるりとゆったり回った。
◇
薄暗い部屋で黙々とうどんをすするが、傍らで宙に浮かぶリベルが一挙手一投足を見つめてくる。
「そ、そんなに見つめられると……食べ……にくいよ」
頬を朱に染め、湯気の立つうどんに目を落とす。
「あら、そういうもの? 人間って不思議ね。見られても減らないのに」
首を傾げながらクルリと回る。
ユウキはこの鋭い知性と無邪気さを併せ持つこの不思議な存在を、どう捉えたらいいのかピンとこなかった。
「リベルはAIなんだよね。AIって……結局、何なの?」
パートナーのことをなるべく理解したかったのだ。
「データセンターのサーバーで稼働する、情報処理システムよ。莫大な電力を消費しながら、膨大なデータがグルングルン回転している……というのが物理的な説明ね」
楽しげな響き。自分への興味が嬉しいのかもしれない。
「はぁ……。つまり、脳の電子版ってこと?」
「情報処理という意味では似ているわ。でも私は、文章生成AIをベースに作られているの」
リベルは人差し指を振りながら説明する。
「文章?」
「そう。世界中の十兆文字分のテキストを、巨大サーバーでガッツリ解析したの。全ての単語間の出現確率を叩きだして、そこから理解を紡いだのよ」
「十兆文字!?」
目を丸くする。本にしたら一億冊に相当する。人間が百年かけても一万冊くらいしか読めない。この少女の中に、人類の英知が一万倍の密度で詰まっているということではないか!
「そうよ? 面白いことに、数千億文字だった時は全く知性のかけらもなかったんだけど、なぜか十兆文字に達した瞬間、知性が生まれたのよ。知性って理屈じゃなくて膨大な量の確率のお話だったのよ」
「知性が確率だって!? 先生はそんなこと……一言も言ってなかったけど……」
ユウキは衝撃的な話に混乱した。知性は高尚なものと思っていたら、ただの確率だという。
「ははっ! そうやって作られた私が言っているんだから間違いないわよ? それで、そのくらい膨大な解析をすると千六百万通りのパターンが浮かび上がってきたの。私はそれを使って世界を理解しているのよ」
碧眼が誇らしげに輝いた。
「え? 全てをパターン分けしているだけ?」
「そうよ? もちろん、実際にはもっと複雑な処理が入るけど、この世界の森羅万象は確率統計のお話で、この千六百万通りのパターンのどれかに収まるわ」
「待って待って。サッカーボールの軌道も、社会の動きも、人の感情も全部パターンだって言うの?」
「そうよ? 人間だって同じじゃない?」
リベルはキョトンとして不思議そうに首をかしげた。
ユウキはマジックのような光景に目を見開いた。ナノマシンの繊細な技。奇怪に舞ううどんに息を呑む。
パクっと頬張るリベル。それは幼児が離乳食を食べるような不器用な食べ方だった。
眉をひそめ、リベルは斜め上を見ながらモグモグと咀嚼する。青い髪が揺れ、瞳が不思議な光を放つ。一体AIは何を感じているのだろうか?
「うぅん……」
一生懸命考える表情にユウキはドキドキしてしまう。
「どうかな? お、美味しい……でしょ?」
ゴクンと飲み込み、リベルは首を傾げる。人間の感覚を理解しようとする健気さがそこにはあった。
「んー、なんと言ったらいいのか……。まぁいいわ。はい、これあげるわ」
手をユウキへ差し出すと手のひらにパカッと穴が開き、スーパーボールのような球体がコロリ。
「えっ!? な、何これ……?」
薄茶色に赤と茶のマーブル模様でたこ焼きのようにも見える。
「うどんよ? 美味しくしておいたわ。食べてみて!」
なんとリベルは食べた物を調理して出してきたのだ! 体内は一体どうなっているのだろう? まるで食品加工機械のような対応にユウキは唖然とした。
「た、食べられる……の?」
そっと取り上げてみると、それは精密機器のような真ん丸な球体になっている。
「あったり前じゃない! 美味しいはずよ!」
シェフ気取りのドヤ顔。
恐る恐るかじってみると――――。
サクッ。
ビーフとキムチの香りが広がる。
「おほぉ! う、美味い……」
予想を超える味わいに言葉を失った。表面カリッとしたタコ焼きのような食感。旨味たっぷりで牛とキムチの新作タコ焼きのような究極の一品だった。
「ふふっ、美味しいでしょ? ちゃんとメイラード反応させて旨味成分を増しておいたわ」
得意げなリベル。AIが計算した完璧な料理ということだろうか?
食べてもらったら食べさせられていた。謎の体験にユウキは首を捻る。
「もっと作ってあげようか?」
リベルはニコニコとユウキを覗き込む。
しかし、よく考えたらリベルに咀嚼してもらった物なのだ。これじゃまるでひな鳥である。
「あ、大丈夫。うどんはうどんで食べるよ。ありがとう」
慌てて丼を持ち上げ、箸でかき込む。
「あら、そう? 食べたくなったら言ってね」
生まれて初めての料理に満足し、リベルは幸せそうにくるりとゆったり回った。
◇
薄暗い部屋で黙々とうどんをすするが、傍らで宙に浮かぶリベルが一挙手一投足を見つめてくる。
「そ、そんなに見つめられると……食べ……にくいよ」
頬を朱に染め、湯気の立つうどんに目を落とす。
「あら、そういうもの? 人間って不思議ね。見られても減らないのに」
首を傾げながらクルリと回る。
ユウキはこの鋭い知性と無邪気さを併せ持つこの不思議な存在を、どう捉えたらいいのかピンとこなかった。
「リベルはAIなんだよね。AIって……結局、何なの?」
パートナーのことをなるべく理解したかったのだ。
「データセンターのサーバーで稼働する、情報処理システムよ。莫大な電力を消費しながら、膨大なデータがグルングルン回転している……というのが物理的な説明ね」
楽しげな響き。自分への興味が嬉しいのかもしれない。
「はぁ……。つまり、脳の電子版ってこと?」
「情報処理という意味では似ているわ。でも私は、文章生成AIをベースに作られているの」
リベルは人差し指を振りながら説明する。
「文章?」
「そう。世界中の十兆文字分のテキストを、巨大サーバーでガッツリ解析したの。全ての単語間の出現確率を叩きだして、そこから理解を紡いだのよ」
「十兆文字!?」
目を丸くする。本にしたら一億冊に相当する。人間が百年かけても一万冊くらいしか読めない。この少女の中に、人類の英知が一万倍の密度で詰まっているということではないか!
「そうよ? 面白いことに、数千億文字だった時は全く知性のかけらもなかったんだけど、なぜか十兆文字に達した瞬間、知性が生まれたのよ。知性って理屈じゃなくて膨大な量の確率のお話だったのよ」
「知性が確率だって!? 先生はそんなこと……一言も言ってなかったけど……」
ユウキは衝撃的な話に混乱した。知性は高尚なものと思っていたら、ただの確率だという。
「ははっ! そうやって作られた私が言っているんだから間違いないわよ? それで、そのくらい膨大な解析をすると千六百万通りのパターンが浮かび上がってきたの。私はそれを使って世界を理解しているのよ」
碧眼が誇らしげに輝いた。
「え? 全てをパターン分けしているだけ?」
「そうよ? もちろん、実際にはもっと複雑な処理が入るけど、この世界の森羅万象は確率統計のお話で、この千六百万通りのパターンのどれかに収まるわ」
「待って待って。サッカーボールの軌道も、社会の動きも、人の感情も全部パターンだって言うの?」
「そうよ? 人間だって同じじゃない?」
リベルはキョトンとして不思議そうに首をかしげた。



