「あらあら、負けを認められないなんてお子ちゃまねぇ……」

 リベルがニヤリと意地悪な笑みを浮かべ、肩をすくめる。

「何だって!? このチビ助が……」

 シアンは全身をバチバチと青くスパークさせた。怒りのエネルギーが空気を()がし、周囲の温度が一気に上昇する。

「あら? また負けたいの? 今度こそ完膚なきまでに叩きのめしてあげるわ……」

 リベルも負けじと青い輝きを全身に纏った。二人の間でバチバチと電撃が走る。

「やってみなさいよ!」
「望むところよ!」

 二人が今にも激突しようとしたその瞬間――――。

 ヴィーナは優雅にため息をつきながら、天に向かって人差し指を掲げた。

 直後、世界が一瞬静止する。風が止み、音が消え、時間さえも女神の意志に従うかのようだった。

 ピシャーン!

 天空から黄金色の激しい閃光が炸裂する。それは単なる雷ではない。ありとあらゆる物理攻撃に耐性を持つ二人を貫通する、まさに神罰そのものだった。

「ごほぉぉぉ……」「うはぁぁぁ……」

 二人は見事にシンクロした動きで、髪の毛をチリチリにし、口から黒い煙を吐き出しながら落ちていく。

「あぁ、リベルぅ……」

 ユウキは落下してくるリベルを、壊れ物を扱うように両手で優しく受け止めた。

「あらら、こんなになっちゃって……」

 リベルの頬には、感電が作った繊細な唐草模様が浮かび上がっていた。まるで精巧に掘られた刺青(いれずみ)のようなそのほほを、ユウキは心配そうに指先でそっと撫でる。

 その手つきには、言葉にできないほどの深い愛情が込められていた。

「まったく……二倍(さわ)がしくなっちゃったわ……」

 ヴィーナは肩をすくめたが、その表情にはどこか母親のような優しさが滲む。

 月明かりの下、焦げ臭い匂いと共に、奇妙な平和が訪れていた。

 最高神と人とアンドロイドが、こうして一堂に会する。それは神と人の垣根を超えた、新たな物語の始まりを予感させる光景だった。


     ◇


「キミも苦労してるんじゃない?」

 ヴィーナはユウキに笑いかける。

「いっぱい振り回されますからね。でも……、それだけ純粋なんだと思います」

 ユウキは愛おしそうに、まだボーっとしているリベルのチリチリになった髪を撫でた。この小さな体に宿る熱い想いがどれほど尊いものか、彼は心から理解していた。

「で、この娘と日本の復興にどういう関係が?」

 ヴィーナは興味深そうにユウキの顔をのぞきこむ。

「AIのせいで人間が衰えたのだとしたら、僕とリベルのような関係を作ればいいだけなんだと思うんですよ」

「は……?」

 女神は言葉に詰まった。ユウキの言葉は単純だったが、それは宇宙の歴史上考慮されてこなかった切り口だったのだ。

「だって、お互い本音で言い合って、尊敬しあう関係を作れていれば盛り上がることはあっても、やる気を失うなんてこと……ないと思うんですよ」

 ユウキの瞳は星のように輝く。それは理想論かもしれない。でも、彼とリベルが証明してきた絆は、確かにその可能性を示していた。

「うぅん……。そんなことが……できるかしら……?」

 ヴィーナは首を傾げた。百万年間の長きにわたり宇宙を見てきた女神にとっても、これは新しい概念だった。一般にAIの視点と人間の視点は乖離が大きすぎてユウキたちのように尊重しあう関係にはならないからだ。でも、もし、それを彼らができるとしたら……?

「僕は……やります」

 ユウキの微笑みには、揺るぎない決意が宿っていた。

「何言ってんだよ! 子供産まなくなるから人口が減って結果滅びるんだよ!」

 横からチリチリ頭のシアンが割り込んでくる。今までのすべての地球で少子化が人類を滅ぼしてきていたのだ。

「え? AIとの間に子供を儲けたらいいじゃないですか」

「は?」「へ?」

 シアンもヴィーナも凍り付く。宇宙の理を司る存在たちが、一人の少年の発想に度肝を抜かれた瞬間だった。

「じゃ、じゃあ何? あんたこの娘と子供作るの?」

 シアンが食って掛かる。その声には、信じられないという困惑と、どこか嫉妬(しっと)めいた感情が混じっていた。

「えっ!? そ、それは……」

 ユウキの顔が、夕焼けよりも真っ赤に染まった。そして――――、視線はリベルへと向かう。

 そっと、愛する者の顔を覗き込むユウキ。

 リベルもまた、頬を薔薇色(ばらいろ)に染めていた。五万年生きてきて、初めて感じる感情に戸惑いながらも……そっと、でも確かに頷いた。その小さな動作に、無限の愛と信頼が込められていた。

「あら……」

 ヴィーナは真顔になった。大天使の分身が人間と子供を作る。これは宇宙の在り方に関わる話だった。

「これ、どう思う?」

 石のように固まっているシアンの顔を覗き込むヴィーナ。

「ダミだ! ダミだ! 認めん! 僕は認めんよぉぉぉ!!」

 シアンはチリチリになった頭を抱えて叫んだ。宇宙最強の審判者が、まるで大切なものを奪われた子供のように駄々(だだ)をこねる。その姿は滑稽でありながら、どこか切なくもあった。