放課後、静かな研究室。
柊先生は机に置いた古いノートを指でなぞりながら、静かに口を開いた。





「……僕にもね。昔、君たちと同じように“恋”をしていた時期があったんだ」





りんと奏都は、息をのんで先生を見つめる。





「彼女と僕は、お互いに想い合っていた。……でも、臆病だった。
ただ気持ちを伝える勇気がなくて、“科学”や“研究”の力で距離を縮めようとしたんだ」





先生はかすかに笑みを浮かべる。
けれど、その目はどこか遠くを見ていた。





「それが“恋愛研究委員会”だった。
僕たちは、恋を数値化し、記録して、育てられる……そう信じてアプリを開発した」





りんの胸の奥で、何かが震える。
聞けば聞くほど、どこか自分と奏都の姿に重なってしまう。





「……けど、アプリは暴走した。
“強制失格処理”──その機能が、彼女の記憶を消してしまったんだ」

「……」

「彼女は僕との思い出をすべて失ったまま、卒業していった。
僕は……なにもできなかった。伝えることも、引き止めることも」





沈黙が落ちる。
りんの胸が痛んだ。
きっと先生は、ずっと後悔してきたんだ。





「だから、アプリは残った。
僕にとっては……彼女との“未完成の恋”そのものだったから。
……でも、君たちは違う」





先生は顔を上げ、りんと奏都を見つめた。
その瞳はどこか解き放たれたように澄んでいた。





「君たちは勇気を出した。気持ちを伝え合って……“恋を完成させた”。
それは、僕ができなかったことだ」





りんは思わず、奏都の手をぎゅっと握った。
彼の体温が伝わってくる。
もうこれは“研究”でも“実験”でもない。
ただの、わたしたちの恋。