〇提携幼稚園の保育室にて(実習四日目)
萌々子「拓也くん、おはよう」
拓也「……何だよ」
保育室で拓也の姿を見つけた萌々子は、腰を折って目線を合わせて笑顔で話しかける。
しかし拓也は警戒している猫のような顔つきで萌々子を見返してくる。
萌々子「あのね、これを見てほしくて……じゃーん!」
拓也「……!」
萌々子「拓也くん、サメとかイルカとか、海の生き物が好きなのかなって思って。絵を描いてみたんだ」
萌々子が開いたスケッチブックには、サメやイルカ、クジラやタコなど、海の生き物のイラストがたくさん描かれている。
すると、周りにいた他の子どもたちも萌々子の絵に気づいて集まってくる。
園児1「うわぁ、せんせい、絵がじょうず~!」
園児2「すっげー! なぁ、おれも絵かいてほしい!」
園児3「おれも! シャチかいてよ!」
萌々子「しゃ、シャチ? って、どんな色のお魚だっけ……? 拓也くん、知ってる?」
拓也「……黒と、白の……」
萌々子「黒と白? あ、もしかして、イルカみたいな形をしてるお魚のことかな?
萌々子が尋ねれば、拓也はコクリとうなずく。
萌々子「そっかぁ。ちなみに、拓也くんはどんなお魚が好きなの?」
拓也「……言いたくない」
拓也は開きかけた口を閉じて、フイッと顔をそむける。
萌々子「……そっか。それじゃあ、拓也くんが話したいと思った時に教えてくれたらうれしいな」
萌々子が優しく笑いかければ、拓也は何か言いたそうな顔になるが、それ以上話すことはなく、その場からいなくなる。
萌々子(うーん、だめだったかぁ)
萌々子は走り去る拓也の背中を、少しだけ沈んだ表情で見つめる。
萌々子(まずは相手をよく知ることが大切だと思って、昨日は拓也くんをよく観察することにしたんだ。拓也くんの好きなものや興味のあるものを見つけることができれば、共通の話題ができるかなと思って。拓也くん、海の生き物が出てくる絵本をよく読んでるみたいだったから、好きなのかなって思ったんだよね。予想は当たったみたいだけど……無理に距離を詰めるのもよくはないし、拓也くんから話しかけてくれるのを待ってみようかな)
→萌々子が拓也を観察している回想を入れる。
理生「って、は?」
聞こえた声に振り返れば、萌々子が描いたスケッチブックを見た理生が驚いた顔をしている。
萌々子「猫屋敷くん、どうかした?」
理生「お前……何でこんなに絵が上手いんだよ」
萌々子「え、そうかな? 普通だと思うけど……でも、褒めてもらえるのは嬉しいなぁ」
萌々子が嬉しそうに笑えば、反対に理生は悔しそうな顔をする。
萌々子「もしかして猫屋敷くんは、絵が苦手なの?」
理生「……別に、苦手なわけじゃない。ただ、少し、イメージ通りに描けないことがあるだけだ」
理生が言い訳をしていれば、理生にべったりだった女の子がやってくる。
園児1「理生せんせい、見て! このお魚の絵、すっごくじょうずだよ! 理生せんせいもこれをまねしたら、じょうずにかけるんじゃない?」
理生「……うん、そうだね」
女の子が持っている紙に描かれているネコの絵は理生が描いたもので、あまり上手とは言えない出来。
二人のやりとりを見ていた萌々子はクスリと笑ってしまって、理生にジト目で見られる。
萌々子「理生先生、いっしょに描いてみますか?」
理生「……おう」
萌々子からの提案に、理生は気恥ずかしそうに目を逸らしながらも、ぶっきらぼうな返事をする。
〇提携幼稚園の保育室にて(実習最終日の七日目)
萌々子(あっという間に実習最終日になった。今日はすべてのグループで集まって子どもたちと遊んでから、最後にお礼を言うことになっている)
園児1「萌々子せんせい、またお魚つりしよ!」
萌々子「うん、いいよ」
萌々子(わたしが描いてきたお魚を切ってクリップを付けて、磁石を使った魚つりゲームをすることが、一部の子どもたちの間では流行ってるみたい。頑張って用意してきたものでこうして楽しんでくれている姿を見ることができて、すごく嬉しいな)
離れたところから萌々子たちを見ていた拓也がやってきて、萌々子のエプロンの裾を引っ張ってくる。
萌々子「拓也くん、どうしたの?」
拓也「……ペンギン」
萌々子「え? ……あ」
萌々子(もしかして、好きな海の生き物を教えにきてくれたのかな?)
気まずそうに床を見ている拓也に、萌々子は優しい声で話しかける。
萌々子「ペンギン、可愛いよね。私も好きだなぁ。あ、そうだ。お魚つりの中に、ペンギンも描いて入れてみてもいかな?」
拓也「……いいけど」
萌々子「ありがとう。それじゃあ拓也くんも、描くのをお手伝いしてくれる?」
拓也「……ん」
素直にうなずいた拓也は、他の子どもたちと一緒に絵を描き始める。
そんな拓也の姿を見て、萌々子は嬉しそうに微笑む。
そこに和也が近づいてくる。
和也「よかったな」
萌々子「和也くん」
和也「萌々の思い、拓也くんに伝わったんだな」
萌々子「そうなのかなぁ。だとしたら……うん。すごく嬉しいな」
和也「……やっぱり、萌々はすげーよ。俺の言った通りだったな」
萌々子「俺の言った通りって?」
和也「保育士に向いてるってやつ」
→児童養護施設にいた頃、和也が萌々子に保育士はどうかと勧めていたシーンを回想として描く。
萌々子「あの時のこと、覚えてくれたんだ」
和也「当たり前だろ」
萌々子「私ね、あの時和也くんが、私に保育の道を教えてくれたから……だから今この場にいることができてると思うんだ。だからね、ありがとう、和也くん」
和也「……ん。どーいたしまして」
萌々子と和也の間に和やかな空気が広がる。
仲睦まじい様子で話す二人を見た拓也は、ムッとした顔をして萌々子のもとに駆け寄ってきて、エプロンの裾を引く。
萌々子「ん? 拓也くん、どうしたの?」
萌々子が屈むと、拓也が萌々子の頬にキスをする。
萌々子「え!?」
和也「はっ!?」
驚く和也の顔を見上げて、拓也は「ベっ」と舌を出して見せる。
拓也「はやく行くぞ。ペンギンの絵、かくんだろ」
萌々子「えっ、あ、うん。そうだね」
拓也に手を引かれた萌々子は、困惑しながらもうなずいて、子どもたちの輪に入りにいく。
和也「っ、あいつ……」
拓也を見て、子ども相手にやきもちを妬いてしまった和也が震えていれば、一部始終を見ていた亜紀が、通り過ぎざまに「どんまい」と声を掛けている。
萌々子(色々ありながらも、こうしてはじめての実習は、大成功に終わったのでした)
最後に、他の子どもたちと笑い合っている拓也の姿を描く。
子どもたちの姿を見て、目を合わせた萌々子と和也は笑い合っている。
そんな二人を離れたところから見つめていた希美は、物言いたげな悔しそうな顔をして手のひらを強く握りしめている。



