初恋リスタート【マンガシナリオ】



〇新木教授の研究室にて

研究室に、十数人の生徒が集まっている。

萌々子(今日は決定したゼミでの顔合わせの日だ。ゼミでは、自分の気になる分野について深く学んで卒業研究としてまとめ、二年生の最後に、全体で発表し合うことになっている)

新木「新木勘助(あらきかんすけ)だ。まぁ、二年間よろしく。今日は顔合わせだけだから、このまま解散していいぞ~。次回のゼミで何をするかについては、グループラインで連絡するから、各自確認するようにな」

新木は、気だるげな雰囲気をまとった四十代前半くらいの男性。背は高く死んだ魚のような目をしていて、メガネをかけている。

萌々子(私は新木ゼミへの希望を出した。新木勘助教授は、心理学の講義も担当しているんだけど、気だるげで不思議な雰囲気をまとっている人だ。だけど講義内容は分かりやすいし、すごく勉強になるんだ。過去の卒業研究のテーマも興味を引かれるものが多かったから、このゼミに決めたんだけど……)

亜紀「萌々子も一緒なのは心強いわね。こっちでもよろしく」
萌々子「うん、よろしくね」

亜紀と話していた萌々子の後ろから、和也と俊が話しかけてくる。

和也「まさか萌々とゼミも一緒なんてな。羽山さんも、よろしくな」
俊「花海ちゃんと羽山ちゃんと一緒かぁ。親睦会の時はちょこっとしか話せなかったし、これからはいっぱい話そうね~」
和也「俊、萌々に近づきすぎ。もうちょい離れろ」
俊「えー、和也くんってば過保護が過ぎない?」
和也「うっせ」

萌々子(亜紀ちゃんは話を聞いていたから一緒のゼミだって分かっていたんだけど、まさかの和也くんと、お友達の外崎くんも一緒だったんだよね。そして……)

希美「ふーん、花海さんも一緒なんだぁ」
萌々子「う、うん。よろしくね」

話しかけてきた希美は、萌々子をジト目で見つめている。
萌々子は愛想笑いを浮かべながらそっと視線を逸らす。

萌々子(綾瀬さんも一緒なんだよね。親睦会があった日から、時々睨まれてるような気がするんだけど……多分気のせいじゃないよね? 今もすっごく見られてるし……)

隅の方にいた理生は一人で研究室を出て行こうとするが、理生に気づいた和也が引き止めて声を掛ける。

和也「お、猫屋敷も一緒だったんだな。よろしくな」
理生「……」
俊「猫屋敷じゃん。ん? つーか、今気づいたんだけどさ……犬飼と猫屋敷で、犬猫そろってね? 二人でわんにゃんコンビだな」
理生「は?」

理生は(何ふざけたこと言ってんの?)という副音声が聞こえてきそうな、怖い顔をして俊を睨むが、俊はへらへら面白そうに笑っている。

萌々子(猫屋敷くんも一緒だったんだ。顔見知りが多いのは嬉しいけど、何だか雲行きが怪しいような……大丈夫、かな?)

希美は和也の横にぴたりとくっつきながら敵意を孕んだ目で萌々子を見つめ、理生は眉を顰めて和也や俊を見ている。


〇実技室にて

萌々子(次は体育講義の時間だ。亜紀ちゃんは他の科の友達に用があるって言うから、私は先に実技室にやってきた。講義が始まるにはまだ時間が早いし、一番乗りかと思ってたんだけど……)

理生「……」
萌々子「……」
理生「……」

萌々子(まさか、猫屋敷くんが一番にきていたなんて思わなかったよ。……どうしよう。すっごく気まずい……!)

萌々子より先にきていた理生は、端の壁際に座っていた。
萌々子も、少しだけ距離をとって壁際に座る。沈黙が流れている。

理生「……アンタってさ」
萌々子「……え? わ、私のこと?」
理生「この場に俺とアンタ意外にいないだろ」
萌々子「う、うん、そうだよね。何かな?」
理生「アンタ、アイツのことが好きなわけ?」
萌々子「……へ?」
理生「犬飼のこと。好きなんじゃないの? アイツ、アンタにやたら構ってるじゃん」
萌々子「す、好きっていうか、その……和也くんはただの幼馴染で……! だから和也くんも、私を気にかけてくれてるだけ、だと思う」
理生「……ふーん。まぁ、どうでもいいけど」
萌々子(ど、どうでもいいの? それなら、どうしてわざわざ聞いてきたんだろう?)

突然の質問の意図が分からない萌々子は困惑する。

萌々子「……猫屋敷くんは、好きな人とか恋人はいるの?」

萌々子(猫屋敷くんはすごく綺麗な顔をしてるし、女の子たちがカッコいいって噂してたのも知ってるから、彼女がいても全然おかしくないよね)

萌々子が尋ねると、理生は微かに眉を顰める。

理生「……誰かを好きとか、誰と付き合うとか。そういうの、興味ない。必要な感情だとは思わない。めんどくさいだけだろ」

理生は無機質に感じる声でそう言う。

萌々子「そう、かな? 私は……誰かを好きって思えるって、すごく素敵なことだと思うけどな」
理生「それはアンタの頭ん中がお花畑なだけだろ」
萌々子「お、お花畑かは分からないけど……ほら、この前の講義で、子どもは愛着形成が大切だって習ったでしょ? 実際に現場で子どもと関わっていく立場としてもね、誰かを好きって思えたり、思いやることのできる気持ちって、すごく大切なことだと思うんだ。別にそれが恋愛感情じゃなくてもいいと思うの」
理生「……」
萌々子「だからね、無理に誰かを好きになろうとする必要はないと思うけど……もし大切にしたいなって思える相手ができた時に、それを不必要だって切り捨てちゃうのはもったいないなって思うんだ。……って、ごめんね。何か長々と語っちゃった」

萌々子は気恥ずかしそうに笑う。

理生「やっぱり俺は、そういう感情はめんどうなものだって思うけど……今アンタが言ったことの意味も、少しは分かる気がする」

理生の返答が意外で、萌々子はきょとんとする。

女子生徒1「今日は何するんだろうね」
女子生徒2「前回は遊びについて調べるプリントが出たし、それの発表とか?」
女子生徒3「えー、急にマラソンですとか言われたらどうする?」
女子生徒2「無理無理! もうそんな体力ないって」

講義室に、他の生徒が集まりだす。
理生は話すのを止めて手元のスマホに目を向ける。

萌々子(猫屋敷くんって、クールで冷たい人なのかなって思ってたけど……分かりにくいだけで、根は優しい人なのかもしれないな)


〇実技室にて・講義中

教員「今日は集団遊びの演習をおこなってもらいます。実際に子どもの気持ちになって考えてみてくださいね」

萌々子(今日の体育講義は、実際に集団遊びをしてみるみたい。物を使わずにその場でできる、年齢ごとの遊びを各自で考える課題が出ていたんだよね)

(→体育の授業や実習などでは、萌々子は髪を後ろでお団子に纏めている)

教員「こちらで七から八人でグループ分けはしてあります。その年齢に適しているか、どんな配慮が必要だと思うかなど、感想や意見を出し合ってください。最後にグループごとに発表してもらいますからね。では、グループを発表します。名前を呼ばれた人から順番に並んでください。まず、一班。相川さん。佐々野さん。鈴木さん――」

萌々子(先生の指示で、早速グループに分かれておこなうことになったんだけど……)

和也「そんじゃあ、まずは猫屋敷が考えてきた遊びからやってみるか」
理生「何で俺からなんだよ」
和也「嫌なら、俺が考えてきたやつからにする?」
理生「……別に、何番でもいいけど」

萌々子(和也くんと猫屋敷くんも一緒だなんて。和也くんと一緒の班なの嬉しいんだけど、二人が話している姿を見るの、ちょっとだけハラハラしちゃうんだよね)

まずは理生が考えてきたハンカチ落としをする。
鬼役の和也は、理生の後ろでハンカチを落とす。理生は追いかけるがタッチできずに、次は理生が鬼に。
鬼役の理生は和也の後ろにハンカチを落とし、また和也に鬼を交代する。

和也「えー、また俺が鬼かよ」
理生「……ふん」

理生は鼻で笑い、和也は少しだけカチンときている表情になる。
二人の間で見えない火花が散る。

萌々子(あれ? 何だか今、二人の間で火花が散ったように見えたんだけど……気のせい?)

亜紀「――ねぇ。何だかあそこだけ、異様に熱くなってない?」

隣の班の亜紀に声を掛けられて、萌々子は空笑いを返す。
ハンカチ落としが終わり、今はしっぽとりゲームをしている。
萌々子たち女子生徒はしっぽをとられて脱落し、残っているのは和也と理生のみ。
しかし決着がつかず、二人はバチバチでにらみ合いが続いている。
萌々子や同じ班の女子生徒は、その様子を見守っている。

教員「三班は遊びに夢中になるのもいいですが、遊びの展開の仕方や配慮について考えることも忘れないようにしてくださいね」
和也「あ、やっべ。熱中しすぎた……はい、すみません」
理生「……はい」

教員に軽く注意されてしょんぼりしている二人を見て、萌々子は思わず笑ってしまう。
それに気づいた理生にジト目でにらまれる。

理生「……何笑ってんだよ」
萌々子「ご、ごめんね。でも二人とも、本当の子どもみたいに楽しそうに遊んでたから……」
女子生徒1「確かに」
女子生徒2「子どもの気持ちになってみようっていう目的は完璧にクリアしてたよね」

萌々子の言葉に、同じグループだった他の女子たちも同意しながらクスクスと楽しそうに笑う。

和也「あー、やばい。ちょっと恥ずいわ」
理生「……」

和也は頬を掻きながら気恥ずかしそうに笑っていて、理生は照れくささを隠すようにそっぽを向いている。理生の耳は、よく見ると赤くなっている。

萌々子(案外この二人、気が合うんじゃないかなぁ)

萌々子は並んでいる二人を、微笑ましい気持ちで見る。