〇多目的実習室・講義前
亜紀「へぇ、それでピアノサークルに入ることにしたのね」
萌々子「うん! 人数は私と和也くん、あとは猫屋敷くんも入れて八人っていう少人数なんだけどね。部長さんもすごく良い人だったし、これでたくさん練習できそうだよ。亜紀ちゃんは……ピアノ、すっごく上手だったもんね」
(→亜紀もどうかと誘おうとしたが、この前の音楽の授業で亜紀がピアノを弾いていた姿を思い出す)
亜紀「まぁ私は、小さい時からピアノ習ってたから。叔母さんがピアノ教室の先生だったから、安く通わせてもらってたのよね」
萌々子と亜紀は、講義が始まるまでの時間、別の講義の課題の自己紹介グッズを作りながら談笑している。
萌々子「うん、こんな感じでいいかな」
亜紀「え、めちゃくちゃ可愛い。萌々子って絵うまいわよねぇ」
萌々子「へへ、ありがとう」
萌々子は、スケッチブックの一ページずつに、花や海、桃のイラストを可愛く描いている。
亜紀「犬飼くん、幼馴染なんでしょ? そのわりには全然話さないじゃない」
萌々子「うん、そうなんだけど……何か、話しかけづらくて」
亜紀「あー、まぁ確かに。あの集団に突っ込んでいくのは勇気がいるわよね」
亜紀と萌々子は同時に和也たちのいる方に目を向ける。そこでは希美や俊などが一緒に騒いでいる。
(→和也は、萌々子が人見知りであることや、騒がしいノリが苦手であることも知っているため、萌々子を気遣って人の目がある時は自分から話しかけないようにしている)
希美「ねぇ、幼保のメンバーでご飯でも行こうよ」
俊「お、それいいじゃん。まだ全然絡めてない子もいるしさ。せっかくなら、これを機に親睦を深めたいよなぁ」
希美「ね、和也はどう思う?」
和也「あー、まぁ強制はなしで、行きたい奴らで集まってご飯行くのはいいんじゃない?」
希美「だよね! それじゃあ、とりあえず今集まってる子たちにまず声かけておこっか。――えー、幼保の皆さん! 今週中に幼保親睦会をしまーす! グループラインにアンケートあげとくから、行ける人は参加ボタン押しといてね~」
萌々子「……亜紀ちゃんは、どうする?」
亜紀「私? 私は興味なし。……だけど、萌々子が行くって言うなら、ついて行ってあげてもいいわよ」
萌々子「あ、亜紀ちゃん……!」
亜紀「購買のアイス一個奢りね」
萌々子「もちろんです! お菓子と飲み物もつけるよ……!」
萌々子は両手を組んで、うるうるした目を亜紀に向けながら感謝する。
萌々子(私も、大勢で集まった時のノリとか、あんまり得意じゃないんだけど……でも、せっかくの親睦会だし。これを機に亜紀ちゃん以外の友達だってできるかもしれない。それに……和也くんと話せるチャンスだってあるかもしれないしね)
萌々子は俊と談笑している和也を見ながら、ご飯会では自分から和也に話しかけてみようと決意する。
〇居酒屋にて・夜
萌々子(もしかしたら、和也くんと話せるチャンスがあるかもしれない、とか思ってたけど……)
和也「分かってると思うけど、成人してないやつらは間違っても飲むなよ~」
俊「きゃー、和也くんったら真面目なんだからぁ。そういうところもす・き!」
和也「あの、気持ち悪いのでやめてもらってもいいですか?」
俊「和也くんってば辛辣~!」
和也と俊のやりとりに、笑いが起きる。
盛り上がっている輪の中心には、和也たちの姿がある。
萌々子は端の方でちびちびとジュースを飲みながら、その姿を見つめている。
萌々子(はぁ、私って本当にだめだなぁ。自分から話しかける勇気も持てないなんて。こんなんじゃ、和也くんといつまで経っても話せないままなのに……)
亜紀がお手洗いで席を立っていて、萌々子は一人で落ち込んでいる。
すると話したことのない幼保の男子生徒である若林が、萌々子に声を掛けてくれる。
若林「花海さん、だったよね?」
萌々子「……あ、はい」
若林「俺、若林。よろしくね! つーか花海さん、楽しんでる? よければ一杯どう?」
萌々子「え? 一杯って……もしかしてそれ、お酒ですか?」
若林「うん、そうだよ。甘いし飲みやすいと思うけど」
萌々子「あの、でもさっき、成人してない人は飲まないようにって……私、まだ十八歳ですし」
若林「えー、花海さんも真面目だねぇ。そんなの言わなきゃバレないって。大丈夫だからさ!」
萌々子が困っていれば、若林が持っていたグラスが誰かの手に奪われていく。
和也「はい、これは没収~」
若林「うお、犬飼」
和也「いたいけな女子生徒を誑かすの、やめてもらってもいいですか~?」
笑顔で話してはいるが、和也の纏う雰囲気が少しだけぴりついていることに気づいた若林は、笑顔を引き攣らせながら謝る。
若林「わ、悪い悪い。以後気をつけま~す」
若林はその場から離れていく。
和也「……よ! 萌々、ちゃんと食べれてるか?」
和也は萌々子の隣に腰を下ろす。
萌々子は和也の登場に目を瞬いて固まっていたが、ハッとして頷き返す。
萌々子「う、うん! ちゃんと食べれてるよ!」
和也「ほんとかぁ? お、このだし巻き卵、めっちゃ美味そうだな」
萌々子「よかったら、和也くんも食べる?」
和也「いいの? じゃあ遠慮なく。……ん、やっぱ美味いな」
和也は萌々子が使っていた箸を使ってそのまま食べる。
間接キスだと気づいた萌々子は、顔を赤くしてしまう。
希美「かーずや! 何話してんの?」
希美がやってくる。和也から萌々子に視線を移すと、品定めするかのような目を向けてくる。
希美「あなた、確か名前は……」
萌々子「あ、えっと、私は花海萌々子です」
希美「ふーん、花海さんね。和也がこれまで仲良くしてた子たちと全然タイプが違うけど、もしかして仲良くなったの?」
萌々子「え? えっと……」
萌々子(どうしよう、幼馴染だってこと、言ってもいいのかな? 何て答えるのが正解なんだろう……)
萌々子が困っていれば、和也が溜息を吐き出して希美に非難めいた目を向ける。
和也「あのなぁ、俺が誰と仲良くしようと綾瀬には関係ないだろ」
希美「っ、何よその言い方! 私は本当のことを言ったまでじゃん! それに、和也が変な女に引っかかってないか、心配してあげてるの!」
和也「変な女って何だよ。そういうのが余計なお世話って……」
萌々子「あ、あの!」
険悪な雰囲気を察して、萌々子は二人の会話に割って入る。
萌々子「その……私、これから用事があって! なので、お先に失礼しますね」
和也「は? 用事って、こんな遅い時間にどこに……」
萌々子「お金は、幹事の外崎くんに先に渡してあるので!」
萌々子は呼びとめる和也の声を無視して、店を出る。
〇帰り道・夜
萌々子は(はぁ、どうしよう。私のせいで空気を悪くしちゃったし……和也くんにも迷惑かけちゃったよね)
萌々子が持っているスマホには、亜紀とのラインのやりとりが映し出されている。
萌々子(亜紀ちゃんも、付いてきてもらってたのに置いてきちゃったし。彼氏さんが近くにいてすぐ迎えにきてくれたらしいから、まだ良かったけど……明日、ちゃんと謝らないと。やっぱり、無理して参加なんてしなきゃよかったのかな)
落ち込んだ萌々子がトボトボと歩いていれば、背後から後を付けてくるような足音が聞こえてくる。
萌々子(え、誰かに付けられてる? ……ううん、まさかそんなはずない、よね?)
萌々子は歩く速度を上げる。すると後ろから付いてきている足音も速度が上がるのを感じる。怖くなった萌々子が走り出すと、後ろから走る足音が聞こえてくる。
萌々子(ど、どうしよう! どこか、お店とか……!)
走る萌々子に追いついた人物に、手首を掴まれる。
萌々子「や、やめてください……!」
和也「萌々、俺だよ!」
萌々子「っ、え?」
萌々子は閉じていた目を開く。その拍子に、堪えていた涙が零れ落ちる。
和也は申し訳なさそうな顔をしながら、涙を拭ってくれる。
和也「ごめん、怖がらせたよな」
萌々子「か、和也くん?」
和也「おう」
萌々子「……び、びっくりしたよぉ。不審者かと思った……!」
和也「あー、マジでごめんって!」
安心して更に泣き出してしまう萌々子に、和也は慌てて萌々子の両頬に手を添えて、涙を拭うように優しく撫でる。
和也「……でも、泣き虫なとこは変わってねぇのな」
萌々子「っ、和也くんのせいでしょ!」
和也「はい、その通りです。すみません」
ニヤリと笑っていた和也だが、萌々子にジト目で見られて、素直に謝る。
萌々子「でも、どうして追いかけてきてくれたの?」
和也「どうしてって……そんなの、心配だったからに決まってんじゃん。家まで送ってく。どうせこの後用事があるわけじゃないんだろ?」
萌々子「うっ……はい。お願いします」
図星をつかれた萌々子は、素直に厚意に甘える。
二人で並んで、夜道をのんびり歩く。
萌々子「……あの、さっきはごめんね。私のせいで、空気を悪くしちゃって」
和也「なーんで萌々が謝るんだよ。むしろ謝るのは俺の方だろ」
萌々子「どうして和也くんが謝るの?」
和也「萌々、騒がしいノリとか得意じゃないだろ。それでも参加したのって、それこそ親睦を深めたいって思ったからじゃねーの? なのに、俺のせいで途中退場させちゃったからさ」
萌々子「……うん。それもあるんだけどね、私……和也くんと話したかったの」
和也「俺と?」
萌々子「そう。学内では、中々話せる機会がなかったっていうか、私が話しかけられなかったから……」
萌々子が正直な思いを伝えれば、きょとんとしていた和也は、嬉しそうに笑う。
和也「俺だってさ、萌々んとこに何度も話しかけに行こうとしてたんだよ。でも、俺がよく一緒にいるメンバーって目立つというか……騒がしい奴らが多いからさ。俺が萌々に話しかけたら、どういう関係かって絶対に聞いてくるだろうし、萌々に絡みに行く奴らも出てきそうだからさ。萌々に迷惑がかかるかと思ってたんだよ」
萌々子(……そっか。和也くんも、私と話したいって思っててくれたんだ。それに、心配してくれてたんだな)
萌々子は隣を歩く和也の横顔を見上げながら、和也の気持ちを聞いて胸が温かくなるのを感じる。
和也「でも、萌々も俺と話したいって思ってくれてたんだな。すっげー嬉しいわ」
萌々子「……うん。私も嬉しい」
目線を下げてはにかんでいる萌々子の表情を見て、和也は目を細めて幸せそうな顔をしている。
和也「そんじゃあ俺ら、相思相愛だな」
萌々子「……ふふ。もう、何それ」
二ッと悪戯な笑みを浮かべる和也の顔がカッコよくて、萌々子はときめきながら、思わず笑みを漏らしてしまう。
和也「それじゃあ、これからは学内でも話しかけにいってもいい?」
萌々子「う、うん!」
和也「よっしゃ」
萌々子(新しい友達は作れなかったけど、こうして和也くんと話すことができた。親睦会、参加してよかったな)
〇アパートの部屋の前にて・夜
和也「……え。萌々の住んでる部屋って、もしかしてここ?」
萌々子「うん、そうだよ?」
萌々子(でも和也くん、どうしてわざわざ部屋の前までついてきてくれたんだろう? アパートの前までで大丈夫だよって言ったのに。さっきから様子も変だし……)
萌々子が不思議に思っていれば、和也が人差し指を立てる(アパートを指さしている感じで)。
和也「俺の住んでるアパートもさ、ここ」
萌々子「……え?」
和也は立てていた指を、萌々子の右隣の部屋に向ける。
和也「しかもお隣さん。はは、すっげー偶然」
萌々子「……ウソ!?」
嬉しそうに笑っている和也に対し、萌々子は驚きで固まってしまう。
和也「お隣さん同士、仲良くしようぜ。よろしくな?」
萌々子(久しぶりに再会した幼馴染が、まさかのお隣に住んでいたなんて……そんな偶然、あるんですか?)



