〇講義室にて
教師「――それじゃあ、今日の授業はここまで。配布したプリントは、次の授業までに各自でやってきておいてくださいね」
授業が終わり、席についていた生徒たちが動き始める。
希美「ねぇ和也! このプリント一緒にやらない?」
希美が和也に笑顔で話しかける。しかし和也はいつもの如く笑顔で軽くあしらっている。
しかし希美はそんな和也の対応にも慣れているので、諦めない。
和也「いや、これは教科書の内容まとめるだけだろ。よって一緒にやる必要はないですね」
希美「えー、いいじゃん。一緒にやろうよ~」
和也「そんなに一緒にやりたいなら、適任の方を呼んできましょうか?」
俊「えー、何々? 俺のこと呼んだ?」
希美「だから、アンタは呼んでないっつーの!」
萌々子(星明大学に入学してから、早一週間。和也くんと約七年振りの再会を果たしたわけだけど、和也くんはいつも人に囲まれているから……初対面の人と話すのが苦手な私は、中々話しかけることができずにいる)
萌々子は賑やかに談笑している和也たちから目を離して、小さなため息を落とす。
萌々子(あの日だって、本当だったら和也くんと二人で夕食を食べに行くはずだったんだけど……おじいちゃんとおばあちゃんが、急遽こっちにきてくれて、一緒に夕食を食べようって誘ってくれたんだよね。それを話したら、和也くんも「俺とはいつでも食べれるだろ」っておじいちゃんたちと過ごす時間を優先するように言ってくれたんだ。だから、あれ以来、メッセージでのやりとりはしているけど、和也くんと直接話せていないんだよね)
幼保女子「ねぇ、猫屋敷くん! 幼保のグループに追加しとくから、ライン教えてくれない?」
すぐ近くで聞こえてきた声に、萌々子は目を向ける。
理生「……いいけど」
数少ない男子生徒である猫屋敷理生は、栗色のマッシュ風の髪型をしている猫目のイケメン。少しの間を置いて了承し、話しかけてきた女子生徒とラインを交換する。
幼保女子「やったぁ! あとで私からラインするねぇ」
理生「は? 何で」
幼保女子「え? 何でって……猫屋敷くんと、もっと仲良くなりたいなぁって思って! あ、そうだ! よかったら、これから一緒にお昼でも食べに行かない?」
理生「……悪いけど、俺はアンタと仲良くする気は一ミリもないから。あと、用もないのに連絡してくんなよ」
幼保女子「そ、そっか。何かごめんね?」
冷たく言い放つ理生に、戸惑っていた女子生徒は作り笑いでそう言って、理生の前からいなくなる。友人のもとに行って、ヒソヒソと理生の悪口を言っている。
萌々子(猫屋敷くんって、何ていうか……すっごくクールなんだなぁ)
萌々子が理生を見つめていれば、萌々子の視線に気づいた理生と目が合う。
理生「……何」
萌々子「あ、えっと、別に用事はないんだけどね……その、せっかく同じクラスになれたんだし、仲良くなりたいって言ってくれてる子にああいう言い方は、よくないんじゃないかなぁ、なんて……」
理生「そういうのウザい。俺は大学に学ぶためにきてる。アンタたちみたいにへらへら笑いながら遊びにきてるわけじゃねーから」
冷たく言い放った理生は、ぽかんと呆けている萌々子を置いて席を立ち行ってしまう。
萌々子(な、何今の……)
萌々子は呆然としたまま理生の背を見送る。
〇大学内にあるカフェテリアにて
亜紀「もーもこ」
萌々子「っ、亜紀ちゃん。びっくりしたぁ」
亜紀「お待たせ」
亜紀が萌々子の後ろから気配を消して声を掛けてくる。
亜紀はからあげ定食がのったトレーを持って、萌々子の前の席に座る。
萌々子の前にはオムライスがのったトレーが置いてある。
亜紀「どうしたの? 何か難しい顔してたみたいだけど」
萌々子「その、実はさっきね……」
萌々子は、理生のことを話す。
亜紀「あー、猫屋敷ね。実は私、アイツと高校一緒なのよ」
萌々子「え、そうなの?」
亜紀「うん。でもアイツ、高校の時からあんな感じよ? いっつもツンと澄ました顔しててさ。顔が整ってるから、女子からはモテてたみたいだけど……本人はそういうのに一切興味ないって感じだったし。それに、まさか同じ幼保に入ってくるとは思ってなかったから、意外過ぎて驚いたわ」
亜紀はからあげを頬ばりながら理生のことを教えてくれる。
萌々子(猫屋敷くんって、もしかして、女子があんまり得意じゃないのかな?)
萌々子が理生のことを考えていれば、亜紀が含みのある笑みを浮かべて話題を変える。
亜紀「でも、萌々子の本命は別にいるんでしょ?」
萌々子「え? 本命って何のこと?」
亜紀「あら、私の目は誤魔化せないわよ。萌々子も気になってるんじゃないの? 皆の人気者の、犬飼くん」
萌々子「え!? えっと、気になってるっていうか……」
和也の名前を出されて、萌々子はドキリとする。
亜紀「まぁ、今年のウチの科の生徒、イケメンぞろいだって他の科から言われてるらしいわよ。この前も、看護学部の友達に羨ましがられたわ」
萌々子「へぇ、そうなんだ」
萌々子(正直、和也くん以外の男の子の顔って、あんまり覚えてないんだけど……言われてみれば確かに、カッコいい感じの男の子がいたような気もする。猫屋敷くんも整った顔してたしね)
亜紀「で、萌々子は犬飼くんとどういう関係なわけ?」
萌々子「そ、それは……あ! そう言えば亜紀ちゃんは、ゼミとかサークルはどこに入るか、もう決めた?」
萌々子は和也のことを幼馴染と言ってもいいのか、どう話せばいいのか自分でも分からなくて、あからさまに話を逸らそうとする。
亜紀(ほんとに分かりやすい子よねぇ)
亜紀はそんな萌々子の心情に気づきながら、優しい呆れ顔であえて流されてあげる。
亜紀「ゼミねぇ。入ったら基本的には変更できないって言われてるし、慎重に選ばないとよね。萌々子は決めてるの?」
萌々子「私は……制作系は好きだから、斉藤先生のゼミにしようかと思ってたんだけどね。心理学系にも興味があるから、新木先生のゼミもいいかなぁって」
亜紀「あら、私は今のところ、新木先生のゼミに入ろうと思ってるわよ。あの先生、生徒の自主性を大事にするとか言って、かなり緩いらしいのよ」
萌々子「へぇ、そうなんだ」
萌々子(亜紀ちゃんが入るなら、新木先生のゼミもいいかもだけど……うん、もう少しじっくり考えてみよう)
亜紀「萌々子、サークルには入らないの?」
萌々子「うーん、サークルかぁ」
萌々子はつい数日前、弓道サークルの先輩に絡まれた時の苦い記憶を思い出す。
萌々子「亜紀ちゃんは、どこのサークルに入るかもう決めてるの?」
亜紀「私は入らないわよ」
萌々子「え、どうして?」
亜紀「私は家のこともあるから。弟たちの面倒もみなくちゃいけないし」
萌々子「そっか。亜紀ちゃん、年の離れた弟さんたちがいるって言ってたもんね」
亜紀「そうなのよ。それにバイトもしたいし」
萌々子「それは確かに! 私もバイトはしたいんだけど……でもサークルに入ったとして、勉強もあるし、両立できるか心配なんだよね」
萌々子は考えこむ。
萌々子(でも、せっかくの大学生活だし、サークルに入るのもいい経験になるのかなぁ……うーん、どうしよう)
和也「お嬢さん、何かお悩みですか?」
萌々子「っ、か、和也くん!?」
和也「よっ」
後ろから聞こえた声に驚いて振り向けば、和也が一人で立っている。
和也「あ、どーも。犬飼和也っていいます。萌々と仲良くしてくれてるみたいで、ありがとうございます」
亜紀「あら、どうも。羽山亜紀です。ことらこそ、萌々子とは仲良くさせてもらってます」
和也「萌々、ちょっと抜けてるとことかあるじゃないですか。迷惑かけてませんか?」
亜紀「ふふ、そこが萌々子の可愛いところなので」
和也の登場に驚いて固まっていた萌々子は、会話を進めている二人にハッとして、慌てて止めに入る。
萌々子「――って、ちょ、ちょっとやめてよ和也くん! 亜紀ちゃんに変なこと言わないで! 恥ずかしいから……!」
和也「何だよ、俺は萌々子のお友達に挨拶しておこうと思って……」
萌々子「そういうのいらないから!」
二人の会話を聞いて、亜紀は(やっぱり知り合いだったのね。しかも親密そうじゃない)と楽しそうに分析している。
和也「で、萌々は何に悩んでたわけ?」
萌々子「その、サークルに入るか入らないかで悩んでたんだ」
和也「入りたいサークルでもあんの?」
萌々子「そういうわけではないんだけど……でもせっかくの大学生活だし、経験しておくのもいいのかなぁって思ったの。ただ、大学生活に慣れてきたらバイトもしようと思ってるから、そうすると両立するのが大変かなぁとも思っちゃって……」
和也「そんじゃあさ、両立するのも苦じゃなさそうな、おすすめのサークルがあるんだけど。一緒に入らない?」
萌々子「……和也くんと一緒に?」
和也「そう。ちょうど今から見学に行こうと思ってたからさ、一緒に行かね? 羽山さんもよかったらどう?」
亜紀「私はこの後用事があるから。二人で楽しんできてちょうだい」
楽しそうな亜紀に見送られて、萌々子は和也と一緒にサークルの見学に行くことになる。
〇第三音楽室にて
萌々子「ここは……第三音楽室?」
和也「そ。俺がおすすめしたいサークルは、ピアノサークル」
扉の一部がガラス張りになっているところから室内を覗いてみれば、猫屋敷理生が一人でピアノを弾いている。
萌々子(あれ、猫屋敷くんだ。もしかして猫屋敷くんも、ピアノサークルに入ってるのかな?)
勇大「君たち、もしかしてピアノサークルへの入会希望かな?」
後ろからやってきた、丸眼鏡をかけた先輩らしき人に声を掛けられる。
和也「はい。見学にきたんすけど、今大丈夫ですか?」
勇大「大歓迎だよ! さ、中に入ってくれ」
部屋には三十台の電子ピアノが並んでいる。
理生は奥の方にあるピアノを、ヘッドホンをつけて弾いている。
萌々子たちが入室したことに気づいて一瞥するが、すぐにピアノに視線を戻して無反応。
勇大「改めまして、僕は山本勇大といいます。ピアノサークルの部長をしているよ」
和也「幼児保育科一年の、犬飼和也っす」
萌々子「お、同じく、幼児保育科一年の、花海萌々子です」
和也「先輩も幼保の生徒なんすか?」
勇大「いや、僕は福祉心理学部の臨床心理学科なんだ」
和也「へぇ。それじゃあ、ピアノが好きでこのサークルに?」
勇大「いや。僕がピアノサークルに入った理由、それはね……自分の好きなアニメソングを弾けるようになるためだよ!」
自信満々の顔で言いきった勇大は、サークルについて詳しく説明してくれる。
勇大「ウチは、基本的には自由なサークルだからね。別にノルマがあるわけでもないから、好きな時にきて、好きなだけピアノを弾いてもらって大丈夫だよ。活動場所としては月・水・金曜日の放課後にここ第三音楽室を借りている形だね。幼保の生徒は、音楽の授業でもこの部屋を使うことはよくあると思うよ。あ、それと、秋の学園祭で希望者のみ発表会をしているし、年に二回くらいは皆で集まって、サークル内での発表会もしているんだ。でも、これも自由参加だから。弾かずに聴きにくるだけでも全然オッケーだからね」
萌々子(へぇ、すごく自由な雰囲気のサークルなんだなぁ)
勇大「あぁ、それから、あそこで黙々とピアノを弾いている彼は、猫屋敷理生くん。君たちと同じ幼児保育科の一年生だ。彼は授業初日にピアノサークルに入っているんだよ。中々の腕前なんだ」
和也が理生のそばに近づいていく。
萌々子は理生のクールな面を知っているので、アワアワしてしまう。
萌々子(か、和也くん、大丈夫かな?)
和也「よぉ」
理生「……」
和也「ちゃんと話すのは初めてだよな? 俺、同じ幼保一年の犬飼和也。よろしくな」
理生「……もしかして、ピアノサークルに入る気?」
理生は和也を見てから、萌々子にも目を向ける。
冷めた目に射抜かれた萌々子はドキリとしてしまう。
和也「おう、俺はそのつもりだけど……あ、ちょっと試しに弾いてみてもいいですか?」
勇大「あぁ、もちろんだよ!」
和也は勇大に許可をとると、空いているピアノの前に座って「きらきら星」を弾き始める。
萌々子は、楽しそうにピアノを弾く和也の姿に、暫し見惚れてしまう。
萌々子「……え! 和也くん、すっごく上手……!」
和也「お、マジで?」
萌々子「うん! 和也くんって、元々ピアノ弾けたんだっけ?」
和也「いや、全然。半年前くらいから練習し始めたんだよ。最近やっときらきら星が弾けるようになったとこ。萌々はピアノ、けっこう弾けんの?」
萌々子「ううん、私は全然……授業についていけなさそうだったら、電子ピアノを買おうかなって思ってたんだけど……」
萌々子(ピアノサークルに入れば、自由に練習できる時間が増えるってことだもんね)
萌々子「……あの、私もピアノサークルに入りたいです!」
勇大「おぉ! 大歓迎だよ!」
勇大は嬉しそうな顔で歓迎してくれるが、それを聞いた理生は嫌そうに眉を顰めている。
萌々子「……あの! 猫屋敷くんも、よろしくね」
理生「……うざい」
萌々子(って、すっごく嫌そうな顔されちゃったー!)
萌々子はショックを受ける。
萌々子から目を逸らした理生は、和也と目が合う。
和也に二ッと笑いかけられて、理生はウザそうに舌打ちをしている。
〇ピアノサークルの見学後
第三音楽室を出た二人は並んで廊下を歩く。
和也「まさか猫屋敷もピアノサークルだったなんてなぁ」
萌々子「びっくりしたよね。……あの、和也くんがよく一緒にいるお友達は誘わなかったの?」
和也「うん、特に声はかけてないよ。俊とかは新しいバイト始めるって言ってたしなぁ」
和也は事もなげな顔で言葉を返す。
萌々子「そっか。……ねぇ、和也くん」
和也「ん?」
萌々子「どうして私を一緒のサークルに誘ってくれたの?」
萌々子が尋ねれば、和也は足を止めてきょとんとした顔になる。
そして、含みを持った顔で目を細める。
和也「……何でだと思う?」
萌々子「え? それは……私がピアノが下手っぴだってことを予想して、とか?」
和也「ぶぶー、残念」
楽しそうな顔で笑った和也は、萌々子の頭にポンと手をのせて腰を折り、顔を覗きこむように見てくる。
和也「正解は、俺に萌々と一緒にいる時間が増えたらいいなっていう下心があったから」
萌々子「……え!?」
和也「ふはっ。萌々、顔真っ赤」
和也はクシャリと笑って、頭から手を離す。
和也「俺、これから俊と約束してるからもう行くな。萌々、また明日」
萌々子「う、うん。また明日……」
萌々子は去っていく和也の背を見送る。
萌々子(――ねぇ、和也くん。そんな風に言われたら、私、期待しちゃうよ)



