初恋リスタート【マンガシナリオ】



〇大学の大講義室にて

萌々子が教室に入れば、すでに十数名の生徒たちが自由に好きな席に散らばっている。
萌々子は前方の端の方の席に座る。すると、隣に誰かがやってくる。

亜紀「萌々子、おはよ」
萌々子「亜紀ちゃん! おはよう」

萌々子の隣の席に、黒髪ショートで切れ長の目をしたクール美人が座る。

萌々子(彼女は、羽山亜紀(はやまあき)ちゃん。入学式のあとの説明会で、一人でいた私に話しかけてくれたの。大学に入学してできた、はじめての友達なんだ)

亜紀「萌々子、履修登録ってもう終わった?」
萌々子「うん、大体は。ただ、受講するか迷ってる講義もあるんだよね」
亜紀「私も。聞いてはいたけど、自分で決めて登録しなくちゃならないのって、ちょっと面倒よね」

亜紀はノートパソコンを開いて、少しだけ憂鬱そうな顔をする。

萌々子(亜紀ちゃんの言う通り、大学では、自分で受けたい講義を選べる形になっている。といっても、卒業するために必要な単位は決まっているし、資格を取得するためには絶対に履修しなくちゃいけない講義もあるから、自分でよく考えて時間割を組まなくちゃいけないんだよね)

萌々子もノートパソコンを開いて作業していれば、出入り口の方から賑やかな話し声が聞こえてくる。それが誰だかわかった萌々子は、顔を上げてそちらを見る。

和也「おい、あんまくっつくなって」
希美「えー、別にいいじゃん」
俊「じゃあ、俺が代わりに和也くんにくっついちゃお~っと」
希美「ちょっと、アンタは入ってこないでよね!」

男女数人のグループが大講義室に入ってくる。その中には和也もいる。
茶髪ウェーブのロングヘアでメイクをばっちりしている綾瀬希美(あやせのぞみ)が、和也の腕にくっ付いている。希美は和也と同じ高校で、高校の時から和也に好意を寄せている。
和也は笑っているが、内心では本気で困っている。
それを察した外崎俊(とざきしゅん)が、二人の間に割って入っている。俊は、金髪ピアスの、チャラい雰囲気のイケメン。大学に入学して、同じ幼児保育科ということで和也と友人になったばかり。

希美「和也はね、国公立だって目指せるくらい頭がいいんだから! 共通テストもトップの成績で入学したんだよね~」
俊「マジで? もしかして、特待生ってやつ?」
和也「あー、まぁな。特待生制度で奨学金が支給されるだろ? それを狙ってたんだよ。いやぁ、勉強頑張った甲斐があったわ」
俊「うっわぁ、すげーじゃん!」
和也「だろ?」

空いている席についた和也たちの会話を、萌々子は盗み聞きしてしまう。

萌々子(確か、共通テストの成績トップ入学者は、特待生制度によって奨学金が支給されるんだよね。授業料の全額が免除されるはず。……そっか、和也くん、特待生として入学したんだ。やっぱりすごいなぁ)

萌々子は、チラリと和也の方に目を向ける。同じタイミングで、和也も萌々子の方に目を向けていた。一瞬、目が合うが、萌々子の方からすぐに逸らしてしまう。

萌々子(うわ、どうしよう。咄嗟に目を逸らしちゃったよ。和也くん、変に思ってないかな。そもそも和也くんは……私のこと、どう思ってるんだろう。あの時は名前を呼んでくれたし、忘れられてるってことはない、と思うんだけど……)


〇数日前の萌々子の回想

萌々子「えっと……」

和也の持っていた用紙を受け取った萌々子は、言葉に詰まる。
二人の間に静かな沈黙が流れるが、萌々子の方から口火を切ろうとした、その時。

希美「かっずや! おはよ~!」
和也「うお! っ、お前なぁ……いきなり飛びついてくんのはやめろ」
希美「え~、それじゃあ、ちゃんと報告すれば飛びついてもいいの?」
和也「俺の許可なく飛びついてくるのはやめてください」
希美「えー。そんなの和也、絶対にダメって言うじゃん~。和也のケチ~」

親密そうな雰囲気で話す二人を見て、萌々子は表情を曇らせる。
手に持っている用紙を、思わずクシャリと握りしめてしまう。

萌々子「あ、あの。用紙、拾ってもらって、ありがとうございました! それでは……」
和也「えっ。ちょっと待っ……」

萌々子は、引き止める和也の声を無視して、その場から走り去る。


〇回想終了・大講義室にて

萌々子(あの時は、咄嗟に逃げちゃったんだよね。そしたら、大講義室に和也くんが現れたから驚いちゃった。まさから同じ幼児保育科の生徒だったなんて……)

萌々子が、友人たちと談笑している和也をもう一度見ていれば、女性の教員がやってくる。

教員「はい、それでは授業を始めますよ。それにしても……今年は例年に比べて、男子の数が少し多いわね」

教員は教室内を見渡す。幼児保育科の男子十人の姿を出す。

萌々子(多いって言っても、女子生徒が百人以上はいるのに対して、男子は十人だけだ。でも、保育学科に入ってくる男の子は少ないって聞くし、これでも多い方なのかもしれない)


〇講義終了・大講義室にて

萌々子(……どうしよう。和也くんに話しかけたいけど……)

女子生徒1「ねぇ、この後皆でカラオケでも行かない?」
女子生徒2「行こ行こ! ってか犬飼くん、連絡先交換しようよ!」

和也は女子生徒に囲まれている。

萌々子(和也くんは優しくて面倒見もいいから、施設にいた頃も、いつも誰かしらに囲まれていたっけ。懐かしいなぁ)

萌々子は和也に話しかけることを諦めて、一人で教室を出る。

萌々子(それに、もしかしたら和也くんは、私のことなんて覚えてないかもしれないし。……うん、だってあれから、もう六年近くも経ってるんだもん。忘れられてたっておかしくないよね)

萌々子はキャンパス内を一人で歩いているが、迷子になる。

萌々子「……あれ、玄関ってどっちだったっけ」

萌々子が立ち止まっていれば、先輩らしき軽そうな雰囲気の男子生徒に声を掛けられる。

先輩男子「どしたの? もしかして、何か困ってる?」
萌々子「あ、すみません。その、迷子になってしまって……」
先輩男子「えー。もしかして新入生? めっちゃ可愛いんだけど。いいよ、俺が教えたげる。どこ行きたいの?」
萌々子「その、正面玄関の方に行きたくて」
先輩男子「あー、それならあっちだよ。真っ直ぐ進んで突き当りを左に行けば見えてくるはずだから」
萌々子「あの、ありがとうございます!」
先輩男子「いーえ。君、何科の子?」
萌々子「よ、幼児保育科です」
先輩男子「幼保の子かぁ。え、ちなみにさ、まだサークルとかは入ってないよね? よかったら弓道サークル、入ってみない?」
萌々子「弓道サークル、ですか?」
先輩男子「そそ! 弓道、めちゃくちゃカッコいいよ。初心者大歓迎だし、皆いい奴ばっかりだからさ!」
萌々子(弓道かぁ。確かにカッコいいとは思うけど……私にできるかな?)

悩んでいる萌々子に気づいた先輩は、ニヤリと笑って萌々子の肩にそっと手をのせる。

先輩男子「とりあえずさ、見学だけでもおいでよ。入るかどうかは、実際に見てから考えればいいじゃん? 今日はちょうど飲み会も予定してるから、君もぜひ参加……」

先輩の言葉がそこで途切れる。
萌々子が不思議に思って顔を上げれば、すぐそばに和也が立っている。

和也「すみませんけど、こいつは先約があるので。勧誘は間に合ってます」
先輩「は? 何だよお前」

先輩よりも和也の方が身長があり、どこか圧を感じる笑顔を向けている。
物怖じした先輩は、和也に掴まれていた手を乱暴に振り払って、悪態を吐きながら立ち去る。

和也「大丈夫か?」

萌々子は和也の顔を呆然と見上げながら、ポツリと呟くように言う。

萌々子「和也くん……私のこと、覚えててくれたの?」
和也「って、おいおい。俺、どんだけ記憶力ないと思われてるんだよ」

和也はずっこけそうになりながら、眉を下げた優しい顔で笑う。

和也「――俺が萌々のこと、忘れるわけねーだろ」

和也の優しい笑顔と言葉に、萌々子は思わず泣きそうになり、咄嗟にうつむく。

和也「つーかお前、弓道サークルがどういうサークルか、知ってて付いて行こうとしたわけじゃないよな?」
萌々子「ど、どういうって……それくらい知ってるよ! 的に向けて矢を射るんでしょ?」

萌々子は顔を上げて自信満々に答える。

和也「いや、それはそうなんだけどな? ウチの弓道サークルは、飲みサーって有名なんだよ。しかも悪質なやつ」
萌々子「飲みサー?」
和也「そう。弓道をするっていうのは建前で、基本的には飲み会ばっか。んで、女子に無理矢理飲ませて泥酔させてるっつー質の悪い噂があるわけ。萌々だってあのまま付いてったら、お持ち帰りされてたかもしれねーんだからな」
萌々子「そ、そうだったんだ。全然知らなかった……。ありがとう、和也くん」
和也「ん、どーいたしまして。でも、萌々はもうちょい危機感持つようにな」

和也は萌々子の頭を軽く撫でて、仕方なさそうな顔で笑う。

和也「そうだ。せっかくだし、連絡先も交換しておこうぜ」
萌々子「う、うん」

萌々子(ど、どうしよう。和也くんが私のこと、覚えててくれたのは嬉しいけど……和也くん、この後空いてるかな? もっと話したいって言ったら、どう思うかな? 困らせちゃうかな?)

萌々子は連絡先を交換しながら、ぐるぐると思考を巡らせている。

俊「おーい、和也! そろそろ行くぞー」
和也「おー、ちょっと待って」

声の聞こえた方に目を向ければ、そこには俊以外に、同じ幼児保育科の男子・女子生徒の姿が数人見える。

和也「幼保のやつら何人かと飯でも食いにいかねって話になってさ。萌々も一緒に行く?」
萌々子「……ううん! 私は大丈夫!」
和也「そ?」
萌々子「うん! 楽しんできてね」

人見知りな気がある萌々子は慌てて断る。
和也もそれを分かっているので、無理に誘うようなことはしない。

和也「それじゃあ、俺は行くけど。もう変なのに引っかかるなよ」

和也は背を向けて行ってしまう。

萌々子(やっぱり和也くんは、どこにいても人気者だなぁ。……ちょっとだけ、寂しい気もするけど)

遠ざかって行く和也の後ろ姿を見つめながら、萌々子は少しだけ寂しそうな顔で笑っている。すると、和也が突然立ち止まり、こちらに戻ってくる。

萌々子「か、和也くん? どうかしたの?」
和也「いや……やっぱさ、萌々ともっと話したいと思って。昼はアイツらと食いに行く約束しちゃったからさ。夜、一緒に飯でも食いに行かない?」
萌々子「う、うん! 一緒に食べたい!」
和也「……ん。そんじゃあ、あとで連絡するな」

嬉しそうに目を細めて微笑んだ和也は、萌々子の頭を軽く撫でて今度こそ行ってしまう。

萌々子(……やっぱり和也くんは、優しい。それに、少しだけズルい)

萌々子は和也が撫でてくれた頭に触れながら、顔を赤く染めている。