〇夕暮れ時・児童養護施設の裏手の庭にて(幼少期の回想/小学三年生)
萌々子モノローグ(私、花海萌々子は、幼少期の一時期を、児童養護施設で過ごしていた。両親が交通事故で亡くなり、天涯孤独の身になったからだ。施設に入ったのは小学三年生の時。施設には私よりも年下の子たちがたくさんいたから、皆の前ではお姉さんぶっていたけど、我慢できなくなった時には、こうしていつも、一人で隠れて泣いていた)
萌々子「ひくっ、お、お母さんとお父さんに、会いたいよ……」
一人で膝を抱えて泣いていた萌々子(黒髪ロングで華奢な身体つき)のもとに、活発そうな雰囲気で、綺麗な顔をした黒髪の男の子が近づいてくる。
和也「萌々、まーた一人で泣いてんのかよ」
萌々子「か、和也くん?」
萌々子の隣に座った犬飼和也は、萌々子の顔を覗きこんで心配そうに眉を下げる。
萌々子「ご、ごめんね。私、皆のお姉ちゃんなのに……すぐ泣き止むから……!」
萌々子が目元をこすっていれば、和也がその手をつかんで止める。
和也「ちげーよ。別に泣くのを責めてるんじゃなくってさ……俺はただ、萌々に一人で泣いてほしくないって思ってるだけ」
和也は萌々子の涙にぬれた頬を指先で拭う。
和也「泣くならさ、俺の隣で泣けよ。そしたら、こうやって涙だって拭いてやれるだろ?」
和也が二ッと笑うと、犬歯が見える。
萌々子(私が一人で泣いている時、こうしていつも側にいてくれるのが、和也くんだった。和也くんは同い年だったけど、私にとってはお兄ちゃんみたいな存在で、困った時には助けてくれるヒーローでもあって、そして――初恋の相手でもあったんだ)
〇児童養護施設の裏手の庭にて(回想/中学一年生の春)
萌々子「ねぇ。和也くんは、将来の夢ってもう決まってる?」
萌々子(あれは確か……中学生になったばかりの、あたたかな春のことだった。課題で将来の夢を書いてきなさいって言われたんだけど、全然思いつかなくて。私は和也くんに相談してみることにしたんだ)
和也「課題のことだろ?」
萌々子「そう! もしかして和也くんのクラスも、同じ課題が出てるの?」
和也「あぁ、将来の夢を考えてこいってやつだろ? んー、将来の夢なぁ」
クラスは違うが、同じ学年なので和也も同じ課題が出ている。
二人は裏手の庭にあるベンチに並んで腰かけて座っている。目の前の花壇に咲いている色とりどりの花を見つめていた和也は、考え込んでから、ゆっくりと話し始める。
和也「まだ、具体的に何になりたいとかは考えてねーけどさ、この施設のためになれるようなことはしたいなって思ってる。ここまで育ててもらった恩返しがしたい」
萌々子「……そっか。すごく素敵な夢だね」
萌々子はふわりと笑う。
和也は萌々子の笑顔に釘付けになるが、すぐにハッとして目を逸らす。
和也「萌々は、もう決まってんの?」
萌々子「ううん、それが全然で……私、特にこれといった取り柄があるわけでもないし、やりたいことも何も思いつかなくて」
和也「そうだなぁ。……萌々はさ、チビたちの面倒もよく見てくれてるし、実際に皆、萌々にはよく懐いてるだろう? 保育士とかしてみたらいいんじゃねーの?」
萌々子「保育士さん?」
和也「あぁ。萌々は優しいから、子どもたちから大人気になるだろうな」
萌々子「……保育士、かぁ」
萌々子(和也くんの言葉一つで、いいかも、なんて思ってしまった私は、自分でも単純だと思う。でも実際に、自分より小さい子たちのお世話をするのは好きだった。小さくて、可愛くて、見ているだけで癒されて、心がほわほわする。守ってあげたいって思うんだ)
萌々子「……うん、いいかも。保育士、なってみたいな」
和也「はは、いいじゃん。頑張れよ」
和也は笑いながら、萌々子の頭をぽんぽんと撫でる。
萌々子は顔を赤くしながら、楽しそうに話している和也の横顔を見つめる。
萌々子(施設にきて四年の月日が過ぎていたけど、和也くんが大好きって気持ちは日に日に大きくなるばかりだった。だけどね――あの日、聞いちゃったんだ。和也くんの本当の気持ちを)
〇放課後の学校にて(回想/中学一年生の春)
萌々子(教材を運んでたら遅くなっちゃった……! 和也くんも待ってるし、急がないと)
教師に頼まれて授業で使った教材を教務室まで運んでいた萌々子は、リュックサックを背負って急ぎ足で階段を下りて下駄箱に向かう。
下駄箱の前で和也が待っている姿が見えて声を掛けようとするが、和也が女子生徒と話しているのが分かって声を掛けるのをやめる。
女子生徒「ねぇ、いいでしょ? 一緒に帰ろうよ」
和也「悪いけど、先約があるからさ」
女子生徒「……それって、隣のクラスの花海さんだよね?」
和也「あぁ、そうだけど」
萌々子(ど、どうしよう。私のことを話してるみたいだし、すっごく出ていきにくい……!)
自分のことが話題に上がっているのが気まずくて、萌々子は反射で下駄箱に身を隠してしまう。
女子生徒「和也、花海さんと仲が良いみたいだけどさ……もしかして、付き合ってるの?」
和也「んー、萌々とは仲が良いけどさ、何ていうか……妹みたいな存在なんだよ。放っておけないっていうかさ」
女子生徒「……そうなの?」
和也「あぁ。大事には思ってるけど、付き合ってるわけじゃないから」
耳に届いた和也の言葉に、萌々子は傷ついてしまう。
萌々子(……そっか、そうだよね。和也くんにとったら私は、妹みたいな……家族同然の存在なんだ)
萌々子はズキズキ痛む胸の辺りを手でぎゅっと抑える。
萌々子(だけど――)
女子生徒が先に帰り、一人で待っている和也のもとへ、萌々子はいつも通りの笑顔を浮かべて駆け寄る。
萌々子「和也くん、待たせてごめんね」
和也「ん、そんじゃあ帰るか」
萌々子(それでもいいや。妹としてでも構わないから、これからもずっと、和也くんと一緒にいれたら――それでいい)
まぶしい笑みを浮かべて話す和也の横顔を見ながら、萌々子は切ない顔で微笑んでそう願う。
萌々子(だけど――それから三カ月後のことだった。母方の両親、つまり、私にとっては祖父母になる人たちが、私を引き取りたいと言って施設を訪ねてきた。私の母は駆け落ちをしてすぐに実家とは縁を切っていたみたいで、祖父母は私の存在を知るのに時間がかかってしまったらしい。こうして、中学一年生の夏、私は施設を出て、県外にある祖父母の家で生活することになった)
〇児童養護施設の正面にて(回想/中学一年生の夏)
お別れの日。
施設の子どもたちにも別れを惜しまれながら、最後に和也と対峙する。
萌々子(子どもながらに分かってた。祖父母の家は、ここから新幹線で二時間以上はかかる田舎にあったから。和也くんたちとは、そう簡単に会うことはできなくなるってこと)
和也「萌々、元気でな。……って、あーもう、そんなに泣くなよ。これからは、萌々が泣いてるとき、俺が側にいてやれるわけじゃないんだからな」
萌々子「っ、うん。和也くんも、元気でね」
和也「……おう」
ボロボロ涙を流す萌々子を見て、和也は困り顔で笑っている。
和也「――萌々」
萌々子が車に乗りこむ直前、和也が何かを手渡してくる。
和也「これ、やる。萌々が寂しくないように、頑張れるお守り」
手のひらを見れば、そこには、かぎ針編みで作られた桃の花のストラップがある。小さな鈴が付いている。和也の手作りで、よく見れば少しだけいびつな形をしている。
萌々子「っ、ありがとう。大事にするね」
萌々子はストラップを両手で大切に握りしめて、嬉しそうな泣き笑いを見せる。
萌々子(こうして私は、施設を出て、田舎で祖父母と三人の生活を始めた。初めの頃は、和也くんと手紙のやりとりをしていたんだけど……いつからか、和也くんからの返事はこなくなった。あれきり和也くんと会うこともなくて、私の初恋も、綺麗な思い出のまま終わってしまった。――はずだった)
〇朝・大学に向かう通学路(四月)
萌々子(私も今日から大学生かぁ)
萌々子は大学に向かいながら、陽の光できらきら光っている海を眩しそうに見つめる。
※萌々子は黒髪ロングで可愛らしい顔立ち、背は平均より低め。
萌々子(海から徒歩十分の立地にある星明大学・星明短期大学部は、看護や福祉、心理や保育の分野に特化している大学だ。一つの大きなキャンパスで、大学・短期大学の生徒が一緒に学べる環境になっている)
(私は、子どもの頃からの夢だった保育士になるために、短期大学の方に入学することにした。大学に比べて短期間・抑えた授業料で、保育士資格を取得することができるからだ)
萌々子「……あれ? こんな所に神社なんてあったんだ。せっかくだし、参拝して行こうかな」
木々に囲まれたこぢんまりした神社を見つける。
萌々子は足を踏み入れて、参拝する。
萌々子(大学生活が、実りある楽しい毎日になりますように)
参拝を済ませた萌々子は、出入り口の鳥居の方に向かって歩いて行く。その先には舗道を挟んだ向こう側に海が広がっている。
萌々子「えっと、今日はまず……大講義室に向かえばいいんだよね。場所は二階かぁ」
萌々子が学校説明の用紙を見て確認していれば、強い春風が吹き、萌々子は目をつぶる。
どこからか桜の花びらが数枚飛んでくる。
萌々子が手に持っていた用紙が風で飛ばされる。
萌々子「あ、用紙が……!」
萌々子は用紙を追いかけて鳥居の方に駆け足で向かう。すると鳥居の先で、男子生徒が地面に落ちた用紙を拾ってくれている。
その男子生徒は和也で、背が180センチ以上はあり、爽やかでいて、どこか大人っぽい雰囲気のある黒髪イケメン。
萌々子「あの、すみません! 風で飛ばされちゃって……!」
萌々子が駆けよれば、顔を上げた男子生徒と目が合う。
和也「……萌々?」
萌々子「……和也、くん?」
二人は驚きに目を見開いたまま、見つめ合う。
※再び風が吹く。きらめく海を背景に、ガードレールのある道路に立った二人が見つめ合っている全体図のコマ。萌々子がカバンに付けている桃の花のストラップが揺れて、鈴の音が鳴る描写も描く。
萌々子(――はじまりの、春。新たなキャンパスライフの幕開けと同時に、忘れられなかった初恋が、再び始まる音がした)
※萌々子と和也以外にも、今後主要となるキャラの姿(和也のことが好きな綾瀬希美、一人でピアノを弾いている猫屋敷理生、和也の友人の外崎俊など)をそれぞれ映していく。



