「普通って何?誰が決めたものなの?愛はたくさんあってもいいのよ?二人と付き合えば、二人とも救われて、みんな幸せじゃん?誰も傷つかないのよ?私ならそうするけどぉ?」
「…」
おかしそうに笑い、私を見つめる可愛らしい瞳に、何も言えなくなる。
正直、今の雪乃を正しく否定する言葉が私には見つからなかった。
みんなが幸せになる、そう言った雪乃の言葉に少しだけ魅力を感じてしまった。
いけない、いけない。
何と不誠実な考え方なのだ。
頭をよぎってしまった思考に、私は頭をぶんぶんと横に振った。
*****
もうすぐ休憩時間が終わるので、雪乃と研修室へ戻ると、私の席の隣で悠里くんがスマホに視線を落としていた。
ここ研修室の席は長机を2人で使う仕様になっている。
私の隣には悠里くん、後ろには雪乃、という形で、私たちは席についていた。
「戻りました」
小さく悠里くんにそう声をかけて、椅子にゆっくりと腰を下ろす。
すると、悠里くんはスマホから顔を上げ、優しくその瞳を細めた。
「おかえり、柚子。リフレッシュできた?」
「うん。まぁ」
微笑む悠里くんに、ぎこちなく返事をする。
サラサラの黒髪には、天使の輪ができており、とても艶があり、綺麗だ。
爽やかで整った顔立ちから現れる微笑みは、まるで絵本の中から出てきた王子様のようにかっこよくて、完璧で。
眩しい存在に、私は平静を装いながらも息を呑んだ。
やっぱり、私の推し、かっこいいなぁ…。
『二人と付き合えば、二人とも救われて、みんな幸せじゃん?』
ふとここで、小悪魔美少女の悪魔の囁きが頭をよぎる。
二人と…付き合う…。
そうすればみんな幸せ…。
ダ、ダメだ、ダメだ!
何考えているんだ!私!
危うく、悪魔の囁きに頷きそうになった私は、慌てて首を横にぶんぶんと振り、ついでに心の中にいるリトル柚子を往復ビンタして、正気を取り戻させた。
そんな私の顔を悠里くんが「大丈夫?」と心配そうに覗く。
「だ、大丈夫。ちょっと疲れを取る動きをしてただけだから。これするとスッキリするの」
なので、私は苦し紛れにそう言って、なんとか悠里くんに笑顔を作った。
私の後ろからおそらく私の内情をなんとなく理解してそうな雪乃の「…くっ、ふふ…っ」という、堪えるような笑い声が聞こえてきたが、私はあえて関係ないフリをしたのだった。



