逆に何故、そんなにもいつも通りの声音なのか。
何故、傷ついている素振りさえも見せないのか。
不思議に思って、思わず顔を上げ、悠里くんを見る。
すると、いつもの優しい笑顔で、困ったようにこちらを見ていた悠里くんと目が合った。
いつもと同じはずなのに、一瞬、まるで笑顔の仮面でもつけているかのようだと思ってしまったのは、私の気のせいなのだろうか。
「柚子は俺のこと好きなんだよね…?」
甘い熱を宿した瞳で、悠里くんがまっすぐと私の瞳を覗く。
私の視界を支配した尊い存在に、私は息を呑んだ。
「…す、好きだよ。…でも、この好きは悠里くんとは違う好きだから。…憧れだから。だから、私たちは別れるべきで…」
「いいじゃん、別に。別れなくても。同じじゃなくても、お互いのことを想い合っているのは変わりないんだし」
「…それでもダメなんだよ」
痛む胸を必死に抑えながら、私はなんとか悠里くんの言葉を否定し続ける。
困ったように眉を下げる悠里くんにどうしても頷くわけにはいかない。
それが例え、何よりも優先すべき世界一尊い存在、推しであっても。
「今はよくても悠里くんはきっといつか傷つくよ?それに今も傷ついているはずだよ。私は悠里くんに傷ついて欲しくないし、笑顔でいてほしいの」
強い意志を胸に、私はそう訴える。
その時、ふわりと私たちの間に、柔らかくも、少しだけ冷たい風が吹いた。
風が悠里くんのサラサラの黒髪を揺らしている。
その黒髪の隙間から覗く瞳が、ここにきて初めて辛そうな色を帯びた。



