side柚子
びしょ濡れのまま、なりふり構わず玄関からお風呂場へと向かう。
私が通ったあとがどんなに濡れても、私は気にならなかった。
いや、今の私には気になるほどの余裕がなかった。
洗面所に着き、乱暴に体操服を脱いでいく。
それからそれらを洗濯機に入れると、私は浴室へと駆け込んだ。
雨で冷たくなった体に、ザァーっと温かいシャワーが当たる。
少しずつ戻ってきた体温と共に、真っ白だった思考も徐々に色を取り戻していった。
…私、ここまでどうやって帰ってきたっけ。
取り戻した思考で私はそんなことを思った。
おそらく電車で普通に帰ってきたことはわかる。
だが、千晴に路地裏へと連れられてからの記憶が曖昧なのだ。
好きだと言われて、キスされた。
しかし、そこから先の記憶がもうない。
ただただ無心でここまで帰ってきた。
「…はぁ」
やっと私から吐かれた息に、呼吸の仕方を思い出す。
ここまで私は自然な息の仕方も忘れていた。
ふわふわの金髪から雨が滴り落ちて、私の顔に当たる。
綺麗な千晴の瞳には、怒りや悲しみ、恋焦がれるようなものがあり、複雑でぐちゃぐちゃだった。
おかしそうに笑い、けれど、切実そうに私を射抜いた千晴の眼差しが忘れられない。
あの瞬間、私は初めて千晴の想いの本質を知ってしまった。
千晴は私にちゃんと恋をしていたのだ。
そしてそれに気づいたと同時に私は気づいた。
千晴への胸の高鳴り、謎の動悸、全てが病気ではなく、恋だったのだということを。
千晴に好きだと言われて、一瞬、嬉しさで心臓が跳ねた。
キスをされて、愛おしくて愛おしくて苦しくなった。



