チラリと横を歩く先輩を見れば、胸元には不愉快な名前がその存在を主張していた。
〝沢村〟と書かれた体操服をわざわざ先輩に着せているのも、自分の彼女だと主張したいがためだろう。
ただそれだけのために、アイツはああしているのだ。
沢村悠里には、もう以前のような余裕がないように見えた。
きっと先輩を本気で好きになり、気づいてしまったのだろう。
先輩が自身に向ける視線の正体に。
先輩は今も〝憧れの推し〟の彼女だ。
沢村悠里との関係に、一切疑問を持つことなく、幸せそうだ。
だが、俺はもう限界だった。
彼氏になる、ということ以外で、できるだけたくさんの先輩の初めてをもらってきたけれど、やはり先輩の彼氏になれなければ、全部が全部、物足りない。
「ねぇ、先輩」
限界を感じた俺は溢れる想いに蓋をすることなく、ゆっくりと先輩を呼んだ。
俺に突然呼ばれた先輩は「ん?」とほんのりと赤い頬でこちらを見る。
先輩の揺れる瞳の奥底に、俺は確かに俺と同じ感情を感じた。
同じならもういっそのこと、好きにさせて欲しい。
「好き」
俺から甘く紡がれた言葉が、空気を震わせ、雨の中へと消えていく。
俺の言葉に、先輩はその場で足を止め、目をぱちくりさせた。なので、俺は先輩が濡れないように同じようにその場に留まった。
「は、はい?」
それだけ言って、固まってしまった先輩が、あまりにも愛らしくて、つい口元が緩んでしまう。
それからしばらく先輩の様子を見ていると、やっと動き出した先輩は、りんごのように頬を真っ赤にさせ、口をパクパクさせ始めた。



