『悲劇のヒロイン』
まさにこの言葉を当てはめられた陽菜紀は今、日本中のスポットライトをものにしている。
この日、私は一時間だけ残業して、その一時間を終え同僚たちと帰り支度をしていた。大手の通信業者と言うことで、その扱う情報数は膨大な量だ。情報漏えいを防ぐ為、社員は就業中、専用の個別ロッカーにスマホやタブレット端末など個人の通信機器を仕舞い入れなければならない規則がある。
同僚たちと「疲れたねー」と言い合いながらロッカーを開け、まだ残っている上司に「お疲れ様です」と挨拶を交わし、IDカードをスキャンして廊下に出た。
長い時間スマホをロッカーに入れっぱなしだから、当然誰かからの着信やメールをチェックするわけで、私たちは日常化しているスマホチェックをしながら
「疲れたね、どっか飲みにいく?久しぶりにこのメンバーだし」と誰かが言い出し
「いいねー!近くに最近出来た焼き鳥屋さんあるよ」
とスマホを見て歩きながらどんどん話が進んでいく。みんな器用だな。私は二つのことを一気にできない不器用なたちだから話を一通り聞いて
「中瀬さんも行くでしょ?」と当然のように聞かれたとき、一呼吸あったからその隙にスマホを見ていたところだったが、その足取りを止めた。
突如、一人だけ足取りを止めた私をいぶかしんで同僚の一人が
「中瀬さん?」と聞いてきたが、私はゆるゆると首を横に振って
「ごめんなさい、私忘れ物しちゃったみたい。ついでにちょっと思い出したことあるから部長に確認してくる。飲み会楽しんできて」
と何とか笑顔を浮かべると
「そう?ていうか明日で良くない?」と同僚の一人が笑いながら言ったが
「まぁまぁ、中瀬ちゃんはあなたと違って真面目だから。それに忘れ物もあるって言ったじゃん」とまた別の同僚の一人が助け船を出してくれた。
私は慌てて頷き、納得したのか同僚たちは出口へと向かって行った。



