控室を飛び出て、ほとんど前も見ず慌てていたから、控室の外に人が居るなんて気づかなくて、私はその人に派手にぶつかった。相手は結構な上背があったようで、よろけて後ろに尻餅をつきそうになった。
「…っと!大丈夫ですか?」私が転ぶ前に、慌てて私の腕を掴み支えてくれたのは
曽田……刑事……さん―――
「やぁ、また会いましたね」曽田刑事さんは親しい友人を呼ぶかのように軽い調子で挨拶をしてきたが、その笑顔がどこか似非くさい。
「ああ、先日はどうも…」と答えながらちらりと刑事さんを見る。
先日引き連れていた若い刑事さん…確か久保田さんと言ったか…は居なくて今は曽田刑事さん一人。この前見たときの格好とほとんど変わらず髪はボサボサ、白髪の混じった無精ひげ。相変わらず安物の生地のスーツに、よれよれのワイシャツ。ネクタイは深い紺色でその首元は緩まっている。
お通夜に来た、と言うスタイルではなさそうだった。
その姿は、さっき病みやつれていそうに見えた陽菜紀のご主人を見た直後だと、随分見劣りしてしまう。
「あの……今日も何か……今日は陽菜紀のお通夜なんです…私は知ってること全部話しましたけれど」
言葉の裏に「今日だけは止めてください」と言う意味を滲ませて言うと
「今日も聞き込みですよ。まぁ私はあなたに聞くことはもうないですけど。ここはネタの宝庫だ」
曽田刑事さんは悪びれもせずさらりと言い、頭の後ろをバリバリと掻く。
ネタ………?情報と言うこと?
最低。と思った。それはとても不謹慎だ。
今はみんなが陽菜紀の死を悲しみ、悔やみ、追悼しようと思っているのに。
「まぁまぁそう怖い顔しないでくださいよ」と曽田刑事さんはへらへら笑い、だけどすぐに表情を引き締めると
「さっき片岡 陽菜紀さんのご主人、片岡 伸一さんとご一緒でしたね。中で何を?」と探るように聞かれ
「さあ。ご主人も私が何か知ってると思って聞きたがっていましたが、知らないものは知らないですし」とそっけなく答えると
「そうですか」と曽田刑事さんは怖いまでの迫力を引っ込め、あっさり引き下がった。
「あの……もう戻っていいですか?」と聞くと
「ええ。どうぞ。お呼び立てしてすみませんでした」と気軽な調子から一転、妙にかしこまって会場の出入り口を手で促す曽田刑事さん。
何なの……
わけも分からず苛々した足取りでその場を後にしようとしたところ、また曽田刑事さんに引き止められた。
「すみません、喫煙所ってどこですか?ついでにライター持ってたら貸してもらいたのだが」と、喫煙所ではないのにタバコを口に咥え、火を点けるジェスチャー。
怒りがふつふつと私の足元から這い上がってくる。まるで神経を少しずつ逆撫でされるような嫌な感覚。冷たい筈の足裏が今は熱を持っている。
「駐車場の脇に。それに私はタバコを吸いません。ライターは違う方に借りてください」
そっけなく言い、と言うかこれ以上関わりたくなかった。
今はただ純粋に陽菜紀を送り出したいだけなのに―――
「そうですか。ありがとうございます」曽田刑事さんはまたもへらっと笑い、のんびりした足取りでその場を立ち去った。



