■□ 死 角 □■


私は好未ちゃんが立ち去るのを止めなかった。ただ、黙って彼女の向かい側でコーヒーを飲む。すっかりぬるくなってしまったコーヒーは香りが飛んでしまっておいしくなかった。

ただ色だけは好未ちゃんのお腹の中と同じようにねっとりと黒く渦巻いている。

けれどふと思いついて
立ち去ろうとしている好未ちゃんに

「今日は来てくれてありがとう。でも、背後に気を付けてね」

私は微笑を浮かべた。私の笑顔を見ると好未ちゃんは気味悪そうに顔を引きつらせて

「あんたに何かする度胸なんてないでしょ」と吐き捨て、とってつけたような笑顔を浮かべる。

「もう会うことなんてないよね、うちら」

「そうね。
さよなら、好未ちゃん」

好未ちゃんは『さよなら』と返さなかった。ただ何も言わず踵を返して喫茶店の扉の向こう側に消えた。

さよなら、

好未ちゃん

私は隣の席に置いたバッグから“通話中”になっているスマホを取り出し、耳に当てた。

「お聞きになりました?」

『………』

相手は何も答えない。沈黙が少しの間続き、やがて一方的に通話は切れた。暗くなった画面を眺めうっすら微笑み、その画面でついでのように前髪を整える。

四角に映った私は―――今日は美しいかしら。

『きれいよ、灯理』

“陽菜紀”が四角の中で微笑を浮かべていた。