■□ 死 角 □■


ガシャン!と派手な音がして、少し間があった後、鈴原さんが飛び込んできた。
ガラスに打ち付けた手の甲が火傷を負ったように熱い。そこからポタポタと赤い血が滴り落ちて床に雫を作っている。

「どうしたの!」

「ごめんなさい……暗くてよく見えなくて、足を滑らせて……鏡にぶつかちゃったの」と言うと、鈴原さんは割れた鏡と私の右手の間で忙しなく視線をいったりきたりさせ、顔を青くする。

「大丈夫!?とりあえずこっちへ」と鈴原さんは私の手を取り、割れた破片が散らばった床にスマホのライトを当て慎重に私を促す。その欠片に私の血がついていて、「ごめんなさい…」と私はしおらしく謝った。

「大丈夫だよ。それより怪我は大丈夫?」と鈴原さんの声が僅かに震えていて、私は怪我を負った場所を押さえながら小さく頷いた。「切ったみたい……痛っ…!」とやや大げさに声を出した。実際、思った以上に力が入っていたのか、生温かい血が切った場所から流れる感覚がハッキリと分かる。

鈴原さんに手を引かれて洗面所を後にして、その際にちらりと割れた鏡の土台の方を見た。

陽菜紀―――


もう四角じゃないよ。もう

大丈夫だから


床に落ちた鏡の破片を合わせたところで、そのピースは揃わない。

決して四角に戻ることはない。

リビングに連れ戻され、鈴原さんは慌ただしくあちこちの引き出しをひっくり返している。救急箱でも探しているのだろうか。

その間もどんどん私の右手から血が溢れ出る。病院に連れて行って、と懇願するのもいいが、病院に連れていってもらう際に逃げることもちらりと考えたが、この人がどんな行動を起こすか分からない。罪もない人を三人も……七年前から殺して、そして今度は沙耶ちゃんの命を奪おうとしているのだ。

その前にカタを付ける。

その原因が私にあるのなら、私が終わらせなければならない。

鈴原さんがほんの僅か私に背を向けた瞬間、私は隠し持っていた割れた鏡の大きな破片を握り鈴原さんに向かっていった。

殺意があったわけじゃない。ほんの少し怪我を……そうね、鈴原さんの足止めをできる程度で良かった。けれどその程度ってどのレベルなのか分からない。私は人を殺したこともなければ傷つけたことすらない。さっきは包丁まで持ち出したけれど脅す程度だったし自分の保身の為だった。

けれど今は包丁の持ちやすい柄はなく、輪郭を縁どるどの線も尖っている。

下手をしたら殺してしまうかもしれない。慎重に―――……と思っていると、鈴原さんが予告もなく振り返った。