私は階段から落下すると言うショックから立ち直るのに少々の時間を要した。興奮していて、泣き叫んでいたと言う。殺されかけたのだ。無理もない。

看護師さんに言って鎮静剤の点滴を打って幾分か気持ちが落ち着いた際に、曽田刑事さんが話してくれた。
点滴のパックの内容量も残り少なくなってきた。

「中瀬さん、大丈夫ですか?一人で帰られます?もし難しいようなら誰かに送らせますが」と申し出てくれたが

「俺……送っていきますよ」と鈴原さんが言ってくれて、私は鈴原さんの厚意に甘えることにした。今はまだ、ショックが抜け切れていない。そんな中見知らぬ刑事さんに送ってもらうより、気心知れた鈴原さんの方が安心する。

曽田刑事さんは病院のロータリーに常駐しているタクシーの一台に私たちを乗せると
「また後日、詳しいお話を伺うかもしれませんが」と言い置いて、タクシーは走り出した。
タクシーがアパートに到着して私が車外に降り立つと、鈴原さんも降りてきた。ただしタクシーの運転手さんにはここで待つよう言っている。
どうやら私がちゃんと家に入れるかどうか、きっちり見届けてから再びタクシーの乗り込むつもりらしい。

「今日は本当に……ありがとうございます…」と礼を述べてきっちり頭を下げると
「いえ。灯理さんが無事でよかった。今日は早く寝てください」と、鈴原さんも軽く手を挙げ、待たせてあるタクシーに向かって行こうとする。その背中に向かって

「あの……!」私は声を掛けていた。

鈴原さんがゆっくりと振り返る。呼び止めたはいいけど、私は一体どうしようと言うのだ―――……

けれど意思とは反対に

「あがって……行きませんか?あの……ご迷惑じゃなければ……お茶でも…」と答えていた。鈴原さんはきっと私が「あんなこと」があった直後だからきっと怯えてるのだと思ったに違いない。

「ええ。じゃぁ……お邪魔しても…?」と。それでも一人暮らしの女性の家に上がるのはちょっと抵抗があるのだろうか、遠慮がちに言ってタクシーの運転手さんにお金を払い私に向き合った。

「こちらこそ…ご迷惑じゃなければ」と鈴原さんは笑った。

それは一番最初、陽菜紀のマンションの下で出逢ったときの笑顔で、私の心臓が小さく跳ねた。