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「こちら、ガソリン代です」

 アパートから出てきたカナデが、彼の車の助手席に乗り込むや否や、脈略もなく茶封筒を差し出した。彼は視線を上げて、下げて、また上げて、カナデの言葉を淡白な声で繰り返した。

「ガソリン代ですか」

「ガソリン代です」

 バタン、とドアが閉められる。室内灯がゆっくりと消えていく。カナデの顔も、手元も、よく見えなくなっていく。彼は灯りが消え切る前に手動でオンにし、車内を照らした。前に初めて会った時と変わらない胡散臭い表情が浮かんでいた。

「少ないかもしれませんが、遠慮せず受け取ってください」

 まるでプレッシャーをかけるかのように見つめられる。

 彼は数瞬思案した後、ひとまず礼を言ってカナデから茶封筒を受け取り、中を検めてみた。紙幣が十枚も入っている。全て一万円札だった。

 これのどこが少ないというのか。大金を騙し取っている詐欺師の金銭感覚は狂っているとしか言いようがない。

「ガソリン代にしては多すぎますね。賄賂ですか」

「賄賂じゃないですよ。今日入れて二回も、わざわざここまで来てくださったんですから。その謝礼を含めた金額です。俺の純粋な気持ちです」

 純粋とは言っているが、この金自体は人から奪ったものであるかもしれない。もしそうであれば汚い金である。純粋の欠片もない。

 彼は薄く笑っているカナデと目を合わせ、金の出所を直球で聞いた。

「泡銭ですか」

「違いますよ」

 即答される。本当かどうかは、嘘を吐くのが上手い詐欺師相手では判断できない。彼に嘘を見抜く力は備わっていないのだった。

「ミコトさんにお渡ししたのは、汗水流して稼いだ綺麗な金です。惚れている人に黒い金なんか渡しませんよ」

 カナデの理屈ではそうらしい。初対面の時にも感じたが、カナデには随分と気に入られている。