「ぼ、僕のことを、殺す前に、ひ、一つ、お願いがあります」

「何でしょうか」

 丁寧に尋ねながらも、彼は心中で舌を打った。吃りながら長々と語り尽くした後にこれである。お願いなど心底どうでも良かった。こっちは殺すためだけに来たのに。ようやく殺せると思ったのに。一体いつになったら殺せるのだ。

 彼の本音など知る由もない男は、分厚い肉で埋まっているように見えるほど小さい目で彼を見る。舐め回されているように感じ、反吐が出そうだった。それでも彼は、親身になっている風を装って男の話を聞いた。

「あ、あの、あの、その……、ぼ、僕に、あ、あなたのこと、その、あの……、だ、抱かせて、ほしいです」

 選んだ相手を失敗した。過去一の失敗だ。大失敗だ。SNS上では姿が見えない以上文面だけが頼りではあるが、これほどまでに気持ちの悪い人間を引き当ててしまったのは初めてだ。

 目の前の男は脂肪塗れであった。率直に言えばデブである。体重は彼の二倍以上あるのではないか。

 玄関から顔を出した巨漢の男の姿を見た瞬間に、いつも以上に体力を消耗する相手であることを彼は確信した。これだけ肉がついていると、刃物で刺し殺すにしても急所まで届かない可能性がある。男に希望があればその通りに殺すつもりではあるが、それがなければどうやって殺すのが楽だろうか。あまり接触はしたくない風貌だ。しかし、遠距離攻撃ができる拳銃などは所持していないため、触れずに殺すことは至難の業だ。久しぶりの殺人に気分は上がりはするが、今までよりも殺しにくそうな相手だった。今回は完全にハズレの自殺志願者だ。

 抱かせてほしい、とふざけたことを抜かした男は顔を真っ赤に染めており、しかしどこか興奮した様子で鼻息を荒くさせていた。死ぬ間際になってまで盛る様は見るに堪えない。性欲を自分に向けていることすら気色悪くて鳥肌ものである。