ここぞとばかりに畳み掛けるカナデの顔を、彼は目を逸らすことなく凝視する。唇はよく動く癖に、顔は胡散臭い微笑のままだった。

「俺を口説き落とす作戦ですか」

「惚れた相手に拒否されるのは堪えられませんから」

「口を温めすぎですね」

 言いながら、彼は一度区切りをつけるようにコーヒーを飲んだ。温くなっている。火傷に注意し、慎重になる必要もなくなっている。

 既に結論は出ていた。自殺志願者ばかりを殺していたため、たまには生を諦めている人ではない人を殺すのも良い気分転換になるかもしれない。

 殺す方法はこうでなければならない、殺す人間はこのような容姿でなければならない、といったシリアルキラー特有の拘りは彼にはないのだった。そのため、殺人対象を変更することへの抵抗もない。

「ちゃんと殺させてくれるのなら、手を組んでもいいですよ。ただし、俺を裏切るような真似をしたらカナデさんを殺しますので、悪しからず」

 相手は詐欺師だ。詐欺師の武器を翳される恐れがあるのなら、予め殺人鬼の武器を翳して牽制しておいた方がいいだろう。

 犯罪者を、特に人を騙すことに長けた詐欺師を信用するのはリスクが生じる。カナデから見た彼もまた、同じようなものかもしれないが。

「本物に殺す宣言されると軽く受け流すことはできないですね」

 カナデは顔色を変えない。腹の中を無闇に見せようともしない。彼も同様だった。

「裏切ることさえしなければ殺しはしません」

「俺はミコトさんに惚れてますから。裏切りませんよ、絶対に」

「そうしてください。俺には詐欺を働かないと信じてますから、カナデさん」

「俺もですよ。手を組むことを了承してくれた以上、俺からは逃げないと信じてますからね、ミコトさん」

 昏い瞳を突き合わせ、彼らはどちらからともなくカップに手を伸ばした。これから秘密を共有して生きていく二人の息は、偶然であろうがなかろうが、確実に合っていた。