「手袋、外さないんですね」

 カナデが彼の手元を差し示した。胡散臭い。室内で手袋を着用したままなのは違和感があるのだろうが、カナデの表情は疑問を感じているというよりも、陳腐な話題を提供しているだけのように見えた。

「一応、俺はカナデさんを殺りに来た立場ですから」

 彼は首を切るジェスチャーを挟みながら、カナデの纏う空気に合わせて答えた。今は落ち着いていようとも、またいつ状況が変わるか知れないため、できるだけここにいた痕跡は残したくない。

「その立場が、俺と話をして変わってくれるとこちらとしてはありがたいので、話の途中でいきなり刺しに来るようなことはやめてくださいね」

「ご心配なく。殺りに来たとはいえ、凶器は一切所持していません」

「それは安心です。信じますね、あなたのこと」

 腹の探り合いをしながら、目を合わせる。カナデはずっと口元を微かに上げている。きな臭さの原因だった。

 彼はまだ、カナデの目的も正体も知らない。本当に信じられる人なのか、誘き出された身としては警戒心は高まるばかりである。

 カナデが目の前のカップに手を伸ばし、コーヒーで唇を濡らした。音を立てることなくカップを机の上に置くと、途端に空気が変わるのを実感する。本題に入る気だ。ようやくか。

「口も温かくなってきましたから、そろそろあなたが知りたいであろうことを一から順に説明していきたいのですが、その前に一ついいですか?」

 フェイントを噛まされ、眉間に皺が寄ってしまいそうになったが、堪える。その前に一つ何があるというのか、という文句すら漏らしてしまいそうになったが、それも堪える。代わりに、何でしょうか、と意識して丁寧な言葉を選んで唇を動かした。カナデはマイペースに続けた。

「俺はあなたのことを何と呼べばいいですか?」