「何か飲みますか?」

「お構いなく」

「俺が飲みたいので、そのついでですよ。コーヒーは飲めますか?」

「飲めなくはないです」

「飲んで、あなたが散々待たせた俺の相手してください」

 コーヒーよりもカフェオレ派だが、そんなわがままを言うわけにはいかない。カナデの言葉に甘え、コーヒーを一緒に飲みながら話をすることにした。

 コーヒーの粉末と専用の砂糖を入れ、ポットで沸騰させた湯を注いだカナデが、二つのカップを手にして彼の対面に腰を落ち着けた。湯気の立つそれを、どうぞ、と差し出され、素直に受け取る。カフェオレよりもほろ苦さを感じる香りが鼻腔を擽る。

 カナデが一口飲むのを見届けてから、彼も火傷に注意しながらカップに口をつけた。人前では、息を吹きかけて冷ます所作はしない方がいいだろう。彼は非常識な殺人を犯しているにも拘らず、妙なところで常識的であった。

 コーヒーを飲み、カナデと向かい合ったままで、暫し沈黙が続いた。異様な光景だ。何のためにここに来たのか、目的を見失いそうになってしまう。本来であれば、彼は持て成しなどされる立場ではない。殺したいという欲求もあったはずだが、それもカナデに騙されていたことを知った途端に鳴りを潜めていた。こんなことは初めてだ。大丈夫そうだと判断して殺す対象を選別したのに、実際は自殺志願者を騙っていた人物であったことが、殺人欲が薄くなってしまうほどにショックだったのだろうか。自分自身のことだが、その自覚はない。騙されていたからといって、強烈な怒りも湧いてこない。憤りを覚えたのなら、今頃カナデは虫の息のはずだ。すぐ感情的になるような直情型の殺人鬼ではないことが、この予期せぬ事態を生んでいた。