何時間も稼働していたエンジンを切る。あとは殺しに行くだけだ。やっと殺せるのだ。このアパート内に、死にたがっているカナデがいるのだ。疑いは払拭されていないが、ここまで来て殺しに行かない理由はない。
助手席に置いていた荷物から、いつしか手に馴染むようになった黒い手袋を引っ掴んで両手に嵌める。気合が入った。手袋は指紋を残さないためのものではあるが、それ以外にも、彼にとってはある種のスイッチであり、気持ちを切り替える手段の一つであった。
貴重品を持って車から降りる。鍵をかけるとパッと光がなくなり、足元が見えにくくなった。住み慣れた場所であれば、例え暗くとも体が地面の感触や続く道を覚えているが、ここはそうではない。彼は夜空に浮かぶ月の光を頼りに、ゆっくりと歩みを進めた。スマホのライトを利用すれば楽だろうが、身につけたばかりの手袋を外さなければならないのが煩わしかった。それ以前に、外したくなかった。
人とすれ違うことなくアパートの出入り口を通り過ぎ、なるべく足音を立てないように階段を上る。
カナデの住む部屋は二〇三号室だった。ここでも、二階に住んでいるという共通点があることに彼は親しみが湧いてしまいそうになったが、結局は自らの手で殺してしまう人である。距離の近さを感じても無駄だった。何の得にもならない。早く殺してしまいたい。
アパートの住人とも出会すことなく二〇三号室の前に辿り着いた。彼は呼吸を整えてから、布に覆われた指先でインターフォンを押す。程なくして、中から人が床を踏む気配を感じる。玄関へ来ている。鍵の開けられる音がする。ドアノブが動く。扉が開く。
部屋の明かりを背にしたそこの住人と目が合った。瞬間、彼は舌を打ちたくなった。その衝動を鎮めるように咄嗟に唇を引き結んだ。
助手席に置いていた荷物から、いつしか手に馴染むようになった黒い手袋を引っ掴んで両手に嵌める。気合が入った。手袋は指紋を残さないためのものではあるが、それ以外にも、彼にとってはある種のスイッチであり、気持ちを切り替える手段の一つであった。
貴重品を持って車から降りる。鍵をかけるとパッと光がなくなり、足元が見えにくくなった。住み慣れた場所であれば、例え暗くとも体が地面の感触や続く道を覚えているが、ここはそうではない。彼は夜空に浮かぶ月の光を頼りに、ゆっくりと歩みを進めた。スマホのライトを利用すれば楽だろうが、身につけたばかりの手袋を外さなければならないのが煩わしかった。それ以前に、外したくなかった。
人とすれ違うことなくアパートの出入り口を通り過ぎ、なるべく足音を立てないように階段を上る。
カナデの住む部屋は二〇三号室だった。ここでも、二階に住んでいるという共通点があることに彼は親しみが湧いてしまいそうになったが、結局は自らの手で殺してしまう人である。距離の近さを感じても無駄だった。何の得にもならない。早く殺してしまいたい。
アパートの住人とも出会すことなく二〇三号室の前に辿り着いた。彼は呼吸を整えてから、布に覆われた指先でインターフォンを押す。程なくして、中から人が床を踏む気配を感じる。玄関へ来ている。鍵の開けられる音がする。ドアノブが動く。扉が開く。
部屋の明かりを背にしたそこの住人と目が合った。瞬間、彼は舌を打ちたくなった。その衝動を鎮めるように咄嗟に唇を引き結んだ。



