人間であれば全身大火傷だが、ムカデもそうなのだろうか。

 彼は観察する。熱湯をかけられているムカデは縮み上がっているように見える。

 そうか、縮むのか、と行き当たりばったりで始めた実験を通して一つ学んだ。ネットで調べればすぐに分かることではあるが、実際に試してみたことで得た結果のほうが、より一層記憶に残るものになるのではないか。

 熱湯を浴びているムカデの動きが次第に鈍くなる。死に近づいているようだ。ムカデは縮んで、縮んだ。

 熱湯さえあれば、殺虫剤をかけて叩き潰すよりも楽に殺せるな、と瞬く間に弱っていくムカデを見下ろしながら彼は思考を巡らせる。やがて、無数の足がある細長いそれは、割り箸に挟まれた状態で動かなくなった。

 縮み上がって死んだと分かっても、気の済むまで徹底的に殺すのは、自分よりも遥かに小さい虫でも同じだった。そこにある生命力を舐めてはいけない。息を吹き返されては困るのだ。

 一度殺すと決めたら死ぬまで殺す。死んでも殺す。殺して殺す。それが彼のポリシーだ。

 熱湯をムカデにかけ続け、ポットが空になったところで彼はようやく手を止めた。胸に気持ちいい風が通り過ぎていく。虫でも何でも、殺すのは快感だ。害虫を駆除するのにいちいち罪悪感を抱く人はいないだろうが、その逆で高揚感を抱く人もいないのではないか。

 殺すのは面白い。これが何よりも一番楽しい。虫でも、人でも。面白くて、楽しくて、やめられない。

 殺しを娯楽とする彼は明らかに、後者の感情を抱く人間だった。

 彼は熱湯で濡れているムカデを上下に軽く振って水気を切った。割り箸で摘んだまま場所を移動し、ティッシュを何枚も引っこ抜いて机の上に重ね、縮んだムカデを寝かせる。動くことはない。

 暫しの間、死骸を眺めた。それを前にカフェオレを飲んだ。すっかり冷めていた。突然現れたムカデと遊んでしまったせいだった。テレビも次の番組であるドラマが放送されていた。突然現れたムカデと遊んでしまったせいだった。