「大体は優しいお客さんですが、中には店員を下に見ている人もいますからね」

「本当、すぐ見下す人は困っちゃうよね」

 笑んでいた顔が、困り顔に変わる。嫌な記憶を呼び起こさせてしまっただろうか。

 店長は責任者である。部下が対処しきれなかった厄介な客は、上へ上へと送られる。店長から見れば勤続年数の短い彼よりも、難しい客の対応をしてきたことは多いはずだ。その苦労が、ハの字に下がった眉から窺えた。

 肩書などない彼がどこにでもいる理不尽なクレーマーに運悪く当たってしまった時は、冷静に相手をしながら冷静に殺していた。上辺では下手に出ながら、頭の中では殺処分する想像をしていた。

 裏で殺人に手を染めている彼であれば実際に殺すことも可能だが、それはしない。行き当たりばったりの殺人は墓穴を掘るだけである。その代わりに、心の中で呪詛は唱えていた。

 お前みたいなクレーマーは死んだ方がいい。死ね。不運な事故にでも遭って死ね。さっさと死ね。一秒でも早く死ね。今すぐ死ね。悶絶しながら死ね。

 この客はもう手に負えないとなれば、内に秘めた殺意を振り翳して殺すのではなく、自分の上司に相談して変わってもらうことが仕事の上では正解だ。勝手な判断で勝手な行動をしてはならない。殺害するなど言語道断である。

「夜は変質者が活発に動き始める時間帯だよ。朝や昼とはまた違うクレーマーが来ることもあるから気をつけないとね」

 店長が彼に笑いかけた。一緒に働いている男が殺人鬼だとは微塵も思っていないであろう朗らかな笑みだった。

 そうですね、気をつけます、と当たり障りのない返答をする彼の素性を、店長は知らない。その変質者に、彼も当てはまることのある夜があることを、店長は知らない。