「待ってましたよ。どうぞ、上がってください」

 玄関から顔を出したカナデが、彼の姿を認めるなり扉を全開にした。閉まらないように手で押さえ、通り道を作るようにして壁側に背中を向ける。

 殺すつもりで訪れたわけではない彼は、促されるがままカナデのテリトリーに足を踏み入れた。靴を脱いで上がるその後ろでカナデが静かに扉を閉め、しっかりと鍵をかけた。

「何か飲みますか?」

「そうですね。いただきます」

 部屋へと向かう短い道すがらで投げかけられ、彼は僅かにカナデを振り返って答えた。カナデは胡乱げに笑っていた。

「ミコトさんが遠慮しないのは珍しいですね」

「手を組んで共謀している時点で、遠慮するような関係ではなくなっていると思いますが」

「それは光栄です。心を開いてくれているとポジティブに受け取りますね」

 カナデの解釈には何も反応を示すことなく部屋へと上がり、机の前に腰を下ろした。

 台所に立って飲み物を用意してくれているカナデが出す音を除けば、室内は無音の状態であった。一度つければずっと音声が流れるテレビがついていないせいだ。彼が来たためにわざわざ消したのか、元々つけていなかったのか。画面は黒いままである。

「お待たせしました」

 カップを二つ手にしたカナデが、一つを彼の前に、一つを彼の対面に置いた。カナデはその前に座り、早速飲み物を啜る。

 彼は礼を言い、カップを引き寄せた。そこでふと気づく。中に入っている液体は、想像よりも色が薄かった。コーヒーの芳しい香りもしない。

 彼はカナデを見遣った。カナデは途中から彼の様子を凝視していたのか、彼が口を開く前に先回りして言った。

「ミコトさんが好んでいるカフェオレです。まだまだ暑いのでアイスにしましたよ」