「いらっしゃいま……、え……」

 いち早く反応した後輩の声が不自然に途切れ、困惑したような揺れた息が漏れた。その瞬間、和やかだったはずの空気が一転し、張り詰めたものに変わった。透明な水の中に黒くて害のある異物が混入したかのようだった。いや、確実に混入していた。来店してきた、見るからに小汚くて息の荒い人間は、こちらに鋭利な刃物を突きつけていたのだ。

 舌を打ちたくなった。不要な三度目の正直であり、早すぎるフラグ回収であった。ぶっ殺したくなる。叩き潰したくなる。

 買い物が目的じゃないなら来るな。回れ右してとっとと帰れ。こっちは警察沙汰になりたくないのに。

 内心で不満を漏らす彼のことなど露知らず、刃物を持った男を前に顔を引き攣らせる後輩は、できるだけ男を刺激しないようにじりじりと後退する。対して肝っ玉の大きい彼は、いつ爆発するかも知れない爆弾のような男を目の当たりにしても物怖じせずに前進する。しかし、目を血走らせた男の方が二人よりも初動が早かった。男は出入口から一番近くにいた後輩に目をつけ、弱気な心を打ち消すかのように汚い咆哮をあげて突進する。あまりの剣幕にたじろぐ後輩は逃げ遅れ、男の攻撃を許してしまった。来た道を戻っていた彼も間に合わなかったが、少しも焦ってなどいなかった。

 刃物が後輩の腹部に突き刺さる。後輩は顔を歪ませる。バランスを崩し、突進してきた男に押し倒される。刃物が更に深く突き刺さる。刺された箇所から溢れ出る血液が衣服を赤く濡らしていく。

「はぁ、はぁ、はぁ」

 荒い呼吸が耳をついた。彼でも後輩でもない。突然後輩を刺した男のものだ。人を刺したことで理性の箍が外れ、ハイになっている様子である。自棄を起こしていると言っても過言ではない。

 怨恨か、無差別か。その答えは、男が次に彼を標的にするような充血した目を向けたことで明らかとなった。無差別だ。男の顔に覚えはない。後輩も、男と面識がある風ではなかった。八つ当たりの犯行である。