そう思い直した彼は、三人の輪に片足の爪先だけを軽く突っ込んだ。

「ねぇ先輩、何か喋ってみてくれないですか? マジで声聞きたいんですけど」

 彼と会話のキャッチボールをしようとしているのか、ギャルが質問を投げかけてきた。

 プライベートに土足で踏み込んでくるような強引な距離の詰め方が後輩と似ている。声量も大きく、よく通る声をしている。だからこそ、後輩と気が合ったのだろうか。

 声の出る二人の会話はうるさそうだと思いながら、彼はその思考とは全く関係のない別の言葉を思わず吐露していた。

「俺はあなたの先輩ではありません」

 一番引っかかった箇所だった。当たり前のように先輩と呼んでいることが、妙に胸に引っかかってしまった。

 後輩が先輩先輩と呼んでいるために、彼女の方にまでそれが移っているのだろうことは想像に難くないが、同じ職場で働いている後輩はともかく、ほとんど関わることのないような金髪ギャルに馴れ馴れしく呼ばれるのは気持ちのいいものではない。

 彼は盛り上がりに水を差すような冷たい言葉を投げ返してしまったが、金髪ギャルは彼が投げたものを避けたり落としたりもせずに容易に受け取った。

「え、やば、喋ったじゃん。不意打ちすぎだし超イケボなんですけど。めちゃ好みの声してる。やばくない? 私この先輩本当に推せるんだけど」

 内容は何一つ聞いておらず、彼の声しか聞いていないと分かる返答だった。

 ギャルは隣の後輩の肩を叩き、やばいやばい、と興奮気味に繰り返している。やばいっしょ、やばいんだよ、と後輩も一緒になってテンションが上がっている。やばいとしか言っていない。

「モテモテだね」

 のんびりとしている店長が、ゆったりとした口調で他人事のように言葉を漏らす。実際他人事なのだろう。こちらとしてはモテても推されても困るが、そうは言わずに、よく分からない人たちですね、とよく分からない返事を適当に舌に乗せた。話を聞かずに声しか聞いていないギャルの相手をするのはやめにした。