「ありがとうございました」

 男の背中を見ながら、暴言を飛ばされても傷つかない鋼のメンタルを持っている彼はコンビニ店員としての言葉を発する。脳内では徹底的に絞め殺しておいた。

 舐めてんのはお前だろ刺青野郎が。ごちゃごちゃ言ってないでAVでも見て吠えてろよ。

 外面と内面で、実際に人に中指を突き立てられるかられないかほどの差がある彼は、冷静沈着な分厚い仮面に依然として一切の罅を入れることなく仕事を再開した。

「大丈夫だった?」

 息を潜め、出るタイミングを窺っていたのだろう店長が彼に歩み寄り、心配そうに眉尻を下げて彼を見上げた。

「大丈夫です」

 彼は冷静に答える。刺青の男は、上司である店長に助けを求めるようなレベルのクレーマーですらなかった。ヤクザにもなりきれなければ上司を呼び寄せるほどの悪質なクレーマーにもなりきれない。中途半端な人間である。しかしながら、勝手にイライラしながらも事を大きくはせずに背中を見せてくれたことはありがたいことだった。

「間に入ってあげた方がいいかなと思ったんだけど、あんな刺青入ってる人に威圧的に来られてもいつも通り冷静だし、寧ろ僕の方がちょっと動揺してたから思わず任せちゃったよ。ごめんね」

 店長は申し訳なさそうな表情を浮かべた。その表情の片隅では、疲労を感じているようにも、逆に一安心しているようにも見える。店長の本音が垣間見えるようだった。

 動揺していたと言っているが、正直なところ、また警察を呼ぶ羽目になるかもしれないと気を揉んでいたのではないか。責任者である店長の心労は、何の肩書きもない彼には想像もできないことであった。現場にはいなかったはずの店長が一番、巻き込み事故を食らっているような気がしないでもない。