「ねぇえ……あなた達、大丈夫なの?」
それは思い切って、いや、つい口を衝いて出てしまった質問だった。
ジルが新しい結界の住人になって、三ヶ月程が過ぎた頃だ。
ティアは母様と外界へ出掛け留守にしていた。そうして独りになったジルは、通常何か遭っては困ると言って、結界内にて待機している。
ほとんどは補佐としての業務をこなしているけれど、今目の前の光景と同じく、沢山の人魚達と談笑していることも少なくなかった。
「うん? あ、何? モカ」
話がちょうど終わったのか、それともあたしの引きつった表情に恐れをなしたのか、目をハート型にしてジルに魅入っていた人魚達の群れは散り散りに離れていった。独り振り返ったジルの様子は、いつもと同じ飄々として上機嫌だった。
「『あ、何?』じゃないわよ。こんな状況、ティアが知ったらどうするの?」
「??」
言葉もなしに笑んだジルは、子犬のように首を傾げた──って、最近のあたしには“子犬の可愛さ”も分かるのだけど、そんな顔をしても騙されないんだから!
「ティアがいない結界の中で、あんなに沢山の若い人魚集めて……まさか浮気する相手でも見定めている訳じゃないでしょうね?」
「は?」
やっと一言、声を出したジルは何を思ったのか、お腹を抱えて笑い出してしまう。
「なっ、何よ!」
ちょっと馬鹿にされた気持ちがして、あたしは咄嗟に顔を赤らめた。
「ご、ごめん……いや、ありがと、モカ……相変わらず妹想いだね。ティアを裏切るようなことなんて……全くしていないから安心して」
笑いを堪えながら、それでも何とか収めたジルは、やっと真面目な顔をしてこちらを向いた。
「心配掛けてごめん。でもああいう集会を留守中に開いてほしいって言ったのはティアなんだ」
「え?」
あたしの驚きの視線を受け、彼もティアから聞かされた時を思い出したのだろう。少し照れたようなはにかんだ瞳を揺らした。
「ティアがシレーネの業務の中休みに、僕達の許へ思春期の人魚達が集まってきたことがあってね、新婚生活を散々質問されたから、それに真摯に答えていたら、ティアはもう恥ずかしがっちゃって……でも僕は、彼女達が興味を抱くのは当り前のことだし、将来のためにその知識や情報を持つべきだと思って言ったんだ──話してあげるべきだって。そうしたら一緒は恥ずかしいから、自分が席を外している時にしてくれとお願いされて。で、ああして時間の出来た時に質問に答えてるって訳。彼女達は未だそれほど人間と接触していないから、ティアには羨望の、僕には好奇心の眼差しなんだろうね。恋に恋している状態だから、色んな質問が飛んでくるけれど、もちろん余りプライベートなことは話さないし、最近は『人間の男性とは?』みたいな質問にシフトしてきてる……モカも後々のために聞いてみる?」
と、いつものあたしみたいな意地悪そうなウィンクを投げてみせた。
「あ、あたしはごめんだわ。妹夫婦の甘っとろい話を聞かされるなんてっ」
──『人間の男性とは?』っていうのは、聞いてみたい気もするけれど……。
「この集会を開いた時には、必ずティアに全てを報告しているし、それがまた良いコミュニケーションになってるんだ。今のところティアに変な嫉妬の翳は見られないし、僕自身も正直ティア以外の人魚は──あ、いや……」
淀みなく流れる彼の説明が急に留められた。調子に乗り過ぎたといった感じで横目にちょろっと舌を出して見せる。ああ……ちょっと分かったわ。
「“僕自身も正直ティア以外の人魚は『異性』とも思っていないしね”──そう言おうとしたでしょ?」
「んっ!?」
困りながらも図星だって表情、しないでくれる?
まぁ……そうでもしていられなかったら、女性ばかりのこんな世界で暮らしていける訳ないかしら?
「モ、モカっ……今のは誰にも内緒に……」
「もちろん言いやしないわよ。そんなこと知られたら、きっと此処から追い出されるでしょ?」
ゴクリと生唾を呑み込んで、その恐怖を芯から感じ入る姿は、なかなか滑稽ね。
あたしはジルの弱みを握った気分で、先程の彼と同じ悪戯なウィンクを投げた。
「言われたくなかったら……うーん、まずは何をしてもらおうかなぁ?」
「モカ~っ!!」
──ティアを一生大切にすること。
それに限るけどね。
お願いしなくても、二人の信頼は確立しているみたいだし、そうでなくとも十分やってくれそうな義弟君ではあるけれど──。
◇こちらも「女性だけしかいない結界に、ジョエル独りで大丈夫?」という読者様の懸念の声から生まれた作品でございます☆
皆様ご心配を誠に有難うございました♪
多分、きっと、これで大丈夫・・・ですよ、ね(汗)?
それは思い切って、いや、つい口を衝いて出てしまった質問だった。
ジルが新しい結界の住人になって、三ヶ月程が過ぎた頃だ。
ティアは母様と外界へ出掛け留守にしていた。そうして独りになったジルは、通常何か遭っては困ると言って、結界内にて待機している。
ほとんどは補佐としての業務をこなしているけれど、今目の前の光景と同じく、沢山の人魚達と談笑していることも少なくなかった。
「うん? あ、何? モカ」
話がちょうど終わったのか、それともあたしの引きつった表情に恐れをなしたのか、目をハート型にしてジルに魅入っていた人魚達の群れは散り散りに離れていった。独り振り返ったジルの様子は、いつもと同じ飄々として上機嫌だった。
「『あ、何?』じゃないわよ。こんな状況、ティアが知ったらどうするの?」
「??」
言葉もなしに笑んだジルは、子犬のように首を傾げた──って、最近のあたしには“子犬の可愛さ”も分かるのだけど、そんな顔をしても騙されないんだから!
「ティアがいない結界の中で、あんなに沢山の若い人魚集めて……まさか浮気する相手でも見定めている訳じゃないでしょうね?」
「は?」
やっと一言、声を出したジルは何を思ったのか、お腹を抱えて笑い出してしまう。
「なっ、何よ!」
ちょっと馬鹿にされた気持ちがして、あたしは咄嗟に顔を赤らめた。
「ご、ごめん……いや、ありがと、モカ……相変わらず妹想いだね。ティアを裏切るようなことなんて……全くしていないから安心して」
笑いを堪えながら、それでも何とか収めたジルは、やっと真面目な顔をしてこちらを向いた。
「心配掛けてごめん。でもああいう集会を留守中に開いてほしいって言ったのはティアなんだ」
「え?」
あたしの驚きの視線を受け、彼もティアから聞かされた時を思い出したのだろう。少し照れたようなはにかんだ瞳を揺らした。
「ティアがシレーネの業務の中休みに、僕達の許へ思春期の人魚達が集まってきたことがあってね、新婚生活を散々質問されたから、それに真摯に答えていたら、ティアはもう恥ずかしがっちゃって……でも僕は、彼女達が興味を抱くのは当り前のことだし、将来のためにその知識や情報を持つべきだと思って言ったんだ──話してあげるべきだって。そうしたら一緒は恥ずかしいから、自分が席を外している時にしてくれとお願いされて。で、ああして時間の出来た時に質問に答えてるって訳。彼女達は未だそれほど人間と接触していないから、ティアには羨望の、僕には好奇心の眼差しなんだろうね。恋に恋している状態だから、色んな質問が飛んでくるけれど、もちろん余りプライベートなことは話さないし、最近は『人間の男性とは?』みたいな質問にシフトしてきてる……モカも後々のために聞いてみる?」
と、いつものあたしみたいな意地悪そうなウィンクを投げてみせた。
「あ、あたしはごめんだわ。妹夫婦の甘っとろい話を聞かされるなんてっ」
──『人間の男性とは?』っていうのは、聞いてみたい気もするけれど……。
「この集会を開いた時には、必ずティアに全てを報告しているし、それがまた良いコミュニケーションになってるんだ。今のところティアに変な嫉妬の翳は見られないし、僕自身も正直ティア以外の人魚は──あ、いや……」
淀みなく流れる彼の説明が急に留められた。調子に乗り過ぎたといった感じで横目にちょろっと舌を出して見せる。ああ……ちょっと分かったわ。
「“僕自身も正直ティア以外の人魚は『異性』とも思っていないしね”──そう言おうとしたでしょ?」
「んっ!?」
困りながらも図星だって表情、しないでくれる?
まぁ……そうでもしていられなかったら、女性ばかりのこんな世界で暮らしていける訳ないかしら?
「モ、モカっ……今のは誰にも内緒に……」
「もちろん言いやしないわよ。そんなこと知られたら、きっと此処から追い出されるでしょ?」
ゴクリと生唾を呑み込んで、その恐怖を芯から感じ入る姿は、なかなか滑稽ね。
あたしはジルの弱みを握った気分で、先程の彼と同じ悪戯なウィンクを投げた。
「言われたくなかったら……うーん、まずは何をしてもらおうかなぁ?」
「モカ~っ!!」
──ティアを一生大切にすること。
それに限るけどね。
お願いしなくても、二人の信頼は確立しているみたいだし、そうでなくとも十分やってくれそうな義弟君ではあるけれど──。
◇こちらも「女性だけしかいない結界に、ジョエル独りで大丈夫?」という読者様の懸念の声から生まれた作品でございます☆
皆様ご心配を誠に有難うございました♪
多分、きっと、これで大丈夫・・・ですよ、ね(汗)?



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