「最後まで話させぬか……まったく。我はルーラに代役を頼むつもりも、人魚達を外界へ追い出すつもりもない。『数』が揃う『時』を待ち、それが集ったため、皆を呼び出したのじゃ。無論、出来ればティアラの成人を待ちたかったところじゃが……残念ながら我の肉体がそこまで保ちそうもない故」
アーラ様の肉体。思えば夕食後早々に自室へ退散していたのは、疲労の色を見せないための配慮だったのかもしれない。
「既に百七十年もの昔、我が此処にラグーンを転移させたことは知っておろうな? 今だかつて話したことはなかったが……この地を造り出したのはウイスタなのじゃ」
「え……?」
誰からともなく驚きの声が洩れたが、もしかして金髪の人魚の秘めたる力とは、そのことなのだろうか?
「ルーラ、アメル……もう二十年も昔じゃが、此処で我が話したことを覚えておるか? ──『海を自由に泳いでいた時代、いつの頃からか金と銀の髪の人魚は、その能力の高さ故に台頭していった』と──」
「え……ええ」
母さんが少し戸惑いながらも答えた。父さんも無言で首肯いた。
「『金髪は人魚と人間の間に生まれし者。人の血の何が作用するのか明らかでないが、修行では到ることの出来ぬ魔法の力と歌声を生まれつき携えておるのじゃ』とも。『そしてその『シレーネ』を生むことが出来るのは、唯一銀色の髪を持つ者』であると──。金の髪の人魚が如何に神に次ぐ者となり、人魚界で台頭し得たのか……それは彼女等に秘めたる力が存在した故じゃ。我らはその魔力を『創り出す力』と呼んだ。神にのみ備わるべきその能力をどのようにして手に入れたのかは既に定かではない。が、神もまたいつしか脅威となり得るその能力に怖れを為し、金の人魚に制約の鍵をかけた」
──制約の鍵?
「神は……『創り出す力』を独りでは叶わぬ力にまで弱めたのじゃ……もちろん神を持ってしてもその力を無にすることが出来なかった故じゃが……。『あの時』──東より来たれり者達によって幾人かの人魚は命を落とし、その中にはウイスタ以外の金髪の人魚も含まれていた。金の人魚はウイスタ独りとなり、『創り出す力』は闇に葬られたも同然となった……が、ウイスタは自力でやってのけてしまったのじゃよ。こうして人魚が暮らすには不完全なこの地が生まれ、結果あれは本来のサファイア・ラグーンであった結界の領域を占拠し、仕方なく我がラグーンの機能を此処へ移した訳じゃ……分かるな? ジョエルとアモールが生まれて金の人魚は二人となった。正確には三人じゃが、ルーラは人間となり、ジョエルもある意味人魚の亜種、二人で一人前と云ったところであろう。それでもこれでようやく彼の地とは別の『結界』を作る準備がなされたのじゃ」
「え……? あ、でも僕は……」
──金の人魚じゃない。
そう言い淀んでアーラ様を見つめた。僕の髪は父さんの血を受け継いだ榛色をしているし、幾ら金髪の人魚の息子とは云え、同等の力を持ち得ているのか。
「そなたが人魚になる時、その髪は金色に、そしてルーラが此の地へ預けた全ての鱗と人魚としての寿命は、そなたの物になるであろう」
僕はアーラ様への視線をゆっくりと母さんと父さんに、そしてティアへと移した。三人の温かな瞳は僕の未来を祝福してくれていて、それはカミルおばさんとモカの表情にも同じように表れていた。
僕は……本当に本物の人魚になれるんだ!
「あっ……」
けれどその時、僕は再びアーラ様に視線を戻して、もう一つの『想い』に気が付いた。
「アーラ様……もしかして今までその『創り出す力』に言及しなかったのは、カミルおばさんを想ってのことなのではないですか?」
「私を……?」
「……」
アーラ様は何も発しなかったが、表情は微かに苦々しく困ったような笑みを向けていた。そうなんだ……それを昔唯一銀髪の人魚であったカミルおばさんに伝えていたなら、おばさんはきっと人間との接触に大きなプレッシャーを感じていたに違いない。
「我に『それ』を言える資格など有り得なかったからの……が、結果カミルはウイスタと我の想いに応えてくれた。そして人魚達を救う道筋を再び築いてくれた訳じゃ……さて……結界を造る方法は、カミルの石へ伝えよう。我の魔法の全て・人魚達を人間に変える魔術も、ジョエルを人魚へ変える魔法も……。銀の髪の人魚にも、金の髪の人魚に次ぐ大いなる力が存在する──結界におけるお主等の『財産』を、新しい地へと転移する力じゃ。ルーラ達が『結界』を造った後、カミルとティアラにはその作業が待っている」
カミルおばさんとティアが神妙に頷いた。
「もちろん……結界などにすがって生きずに済む世の中へ変わることが、最良であることはお主等も判っておろう……が、人間の発展はもはや止められず、海も深くまで侵攻された。しかし我はウイスタのように、結界へ閉じ籠れと言っているのではない。外界に生きながらも安住の地を確保せよと考えたまでじゃ……さ、カミル来なさい。我の力を授けよう」
アーラ様は薄く笑んで、カミルおばさんを誘うように右手を差し出した。再度無言で頷いたカミルおばさんも、それに応じるべく前進したが、寸前何かに戸惑うように留まってしまった。
「カミル……?」
おばさんの表情は僕達には見えないが、握られた右の拳が微かに軋んで見えた。きっとおばさんのアーラ様への想いも母さんと同じなのだろう。
「私に……私に全てを移したら、アーラ様はどうなるのでしょう? 肉体は消滅しても、魂が天へ召されないのであれば、今までにも増して孤独になってしまわれます。ラグーンの機能を結界へ戻して、あちらが神の領域となれば、もう此処には魂すらも訪れない……何も無い世界にアーラ様を置き去りにするなんて……私にも、出来ません……」
「姉様……」
カミルおばさんは泣いていた。何か手立てはないのだろうか。どうしてアーラ様は天国へ昇れないというのか。どうして──?
「余り心配すな。此処に残るのは我が望んだことじゃ。魂が往来しなくなったとしても、今までに得た全ての者達の記憶の断片が我を癒すであろう。そのためにも……ルーラ、いいかげん我に手土産を渡さぬか?」
カミルおばさんに向けられていたアーラ様の慈愛に満ちた瞳が、瞬間ギョロリと母さんを睨みつけた。ハッとした母さんは思い出したように振り返って、海岸の手前に置き放した荷を取り、アーラ様の許へと急いだが──。
──此処に残るのは我が望んだことじゃ。
天国への入口としての機能を持たなくなる此の地へ、何故自ら残ろうと決意されたのか?
「ごっ、ごめんなさい、アーラばば様! えっと……あたしが作った料理です。お口に合うかは……」
「ほほっ、そなたの手料理は皆のお墨付きじゃ。長く待っておったぞ」
ああ、それで……。モカがどんなにせがんでも、母さんの料理を再現させなかった訳だ。アーラ様は直接母さんから受け取って、母さんの料理を堪能したかったのだ。
荷を受け取ったアーラ様の表情は、子供のような屈託のない笑顔だった。けれど母さんを見つめたまま、それは少し哀しみを湛えたように落ち着いた。
「ルーラよ……そなたの選択を間違いなどと我は思っていない。ウイスタは金の髪の人魚に自由を与えたかったのじゃ。が、頑なな銀の髪の人魚がウイスタ達を幽閉してきた時代を、あれは忘れることが出来なかった。ウイスタは『時』を待っていたのやも知れぬ……強固に塗り固められた人魚達の常識が忘れ去られる時代を。それでも初めにそなたへシレーネを任せたのは、時が全てを覆せたのか自信を持てなかった故かの。あれは怖かったのかも知れぬ。……人魚は血を繋ぐために人間に近付くのではない。起源となった一羽の鳥と同様、愛する相手と共にいたいのだ。元はその想いから始まった種族であることを、そなたは皆に気付かせた。──そして、今……そなたは人間になることの出来ぬ銀の髪の人魚をも幸福へ導いたのじゃ。分断された二つの世界を造ったなどというのは大きな誤解よ」
そうして親しみを込めた瞳が僕へと向けられ、涙ぐんだ母さんのそれも僕を捉えた。刹那感じる、左手を強く握り締めるティアの右手──。
「ルーラおば様……私、感謝しています。ジョエルを産んでくれて……ジョエルは人間の形をしていても、気持ちはずっと一緒だった……ジョエルは……ジョエルはずっと『人魚』でした!」
ああ……そうだ。
そうだよ……僕はティアを、銀の髪の人魚を独りにしないために生まれたんだ。
「そう……ね」
涙を拭った母さんが、僕を見つめて微笑んだ。
「そうだよ、ルーラ」
そんな母さんの肩に手をやった父さんが同じく答えた。
「ジョエルを授かった時、私達は人魚と人間の架け橋を得たと感じたんだ。その想いがついに叶えられる時が来たんだね」
僕はゆっくりと頷いて二人に微笑み返した。『僕』という人魚と人間の“狭間の子”は、シレーネとなる銀の人魚を助け、僕のように人魚になりたい狭間の子が、戻ってきたいと思える世界を造るために生まれたに違いない。
「さぁ……カミル、時間じゃ」
アーラ様がそう呟いた途端、カミルおばさんの身体が吸い寄せられるようにアーラ様の許へ滑っていった。しわくちゃの指先がおばさんのカームの石に触れるや、その藍色の石は美しい海色の光を放って、まるで海の中に潜ったかのような幻に包まれた。
「……アーラ……様!!」
やがて地鳴りのような轟音と共に地面が小刻みに揺れ出し、次第に立っているのも難儀なほどになった。モカとティアを抱えてしゃがみ込む。砂に手を着いて見上げたその先には、父さんに支えられた母さんと、宙に浮いたカミルおばさんとアーラ様が佇んでいた。
「アーラ……ばば様……」
上下に激しく揺れ出した母さんの不安そうな横顔は、アーラ様に向けられていた。
「余り心配すな。我にはウイスタのウィズの石がある……」
そしてアーラ様の小さな掌が、母さんとカミルおばさんの頬に触れた。
「二人は……もちろんアメルも、自身の幸せを願って良いのじゃよ。それがウイスタと我の願いでもある……どうか健やかに末永く愛されておくれ。我はいつまでも此の地より見守っている──」
──!!
海色の光は突然目を突くような激しい太陽の光に変わった。更に大きな揺れと化した地面にへばりつきながら、僕は其処にいる皆の名を順に呼んでいた。最後にアーラ様の名を叫んだ時、塞いだ眼の奥に白いローブの老婆が二人並んで映り込み、その表情はとても満足そうだった。
──アーラ様と……ウイスタ様?
──ジョエルよ、皆を頼んだぞ。
その呟きが聞こえた時。僕は強引な見えざる力に身を操られ、温かな光の中心に投げ出された気がした。そんな不思議な感覚と共に、全員が何処かへと飛ばされていた──。
◇おそらくかなり突拍子もない展開だったと思いますが、皆様ついて来られましたでございましょうか(汗)?
ついに現れました金髪と銀髪の人魚の特殊な能力は、アーラですら知らなかったためにその経緯は語られておりません。そんな偉大な力を如何にして人魚達が手に入れたのか・・・そちらにつきましては次に掲載予定のスピンオフにて明らかになりますので、もう少々お待ちくださいませ。
アーラ様の肉体。思えば夕食後早々に自室へ退散していたのは、疲労の色を見せないための配慮だったのかもしれない。
「既に百七十年もの昔、我が此処にラグーンを転移させたことは知っておろうな? 今だかつて話したことはなかったが……この地を造り出したのはウイスタなのじゃ」
「え……?」
誰からともなく驚きの声が洩れたが、もしかして金髪の人魚の秘めたる力とは、そのことなのだろうか?
「ルーラ、アメル……もう二十年も昔じゃが、此処で我が話したことを覚えておるか? ──『海を自由に泳いでいた時代、いつの頃からか金と銀の髪の人魚は、その能力の高さ故に台頭していった』と──」
「え……ええ」
母さんが少し戸惑いながらも答えた。父さんも無言で首肯いた。
「『金髪は人魚と人間の間に生まれし者。人の血の何が作用するのか明らかでないが、修行では到ることの出来ぬ魔法の力と歌声を生まれつき携えておるのじゃ』とも。『そしてその『シレーネ』を生むことが出来るのは、唯一銀色の髪を持つ者』であると──。金の髪の人魚が如何に神に次ぐ者となり、人魚界で台頭し得たのか……それは彼女等に秘めたる力が存在した故じゃ。我らはその魔力を『創り出す力』と呼んだ。神にのみ備わるべきその能力をどのようにして手に入れたのかは既に定かではない。が、神もまたいつしか脅威となり得るその能力に怖れを為し、金の人魚に制約の鍵をかけた」
──制約の鍵?
「神は……『創り出す力』を独りでは叶わぬ力にまで弱めたのじゃ……もちろん神を持ってしてもその力を無にすることが出来なかった故じゃが……。『あの時』──東より来たれり者達によって幾人かの人魚は命を落とし、その中にはウイスタ以外の金髪の人魚も含まれていた。金の人魚はウイスタ独りとなり、『創り出す力』は闇に葬られたも同然となった……が、ウイスタは自力でやってのけてしまったのじゃよ。こうして人魚が暮らすには不完全なこの地が生まれ、結果あれは本来のサファイア・ラグーンであった結界の領域を占拠し、仕方なく我がラグーンの機能を此処へ移した訳じゃ……分かるな? ジョエルとアモールが生まれて金の人魚は二人となった。正確には三人じゃが、ルーラは人間となり、ジョエルもある意味人魚の亜種、二人で一人前と云ったところであろう。それでもこれでようやく彼の地とは別の『結界』を作る準備がなされたのじゃ」
「え……? あ、でも僕は……」
──金の人魚じゃない。
そう言い淀んでアーラ様を見つめた。僕の髪は父さんの血を受け継いだ榛色をしているし、幾ら金髪の人魚の息子とは云え、同等の力を持ち得ているのか。
「そなたが人魚になる時、その髪は金色に、そしてルーラが此の地へ預けた全ての鱗と人魚としての寿命は、そなたの物になるであろう」
僕はアーラ様への視線をゆっくりと母さんと父さんに、そしてティアへと移した。三人の温かな瞳は僕の未来を祝福してくれていて、それはカミルおばさんとモカの表情にも同じように表れていた。
僕は……本当に本物の人魚になれるんだ!
「あっ……」
けれどその時、僕は再びアーラ様に視線を戻して、もう一つの『想い』に気が付いた。
「アーラ様……もしかして今までその『創り出す力』に言及しなかったのは、カミルおばさんを想ってのことなのではないですか?」
「私を……?」
「……」
アーラ様は何も発しなかったが、表情は微かに苦々しく困ったような笑みを向けていた。そうなんだ……それを昔唯一銀髪の人魚であったカミルおばさんに伝えていたなら、おばさんはきっと人間との接触に大きなプレッシャーを感じていたに違いない。
「我に『それ』を言える資格など有り得なかったからの……が、結果カミルはウイスタと我の想いに応えてくれた。そして人魚達を救う道筋を再び築いてくれた訳じゃ……さて……結界を造る方法は、カミルの石へ伝えよう。我の魔法の全て・人魚達を人間に変える魔術も、ジョエルを人魚へ変える魔法も……。銀の髪の人魚にも、金の髪の人魚に次ぐ大いなる力が存在する──結界におけるお主等の『財産』を、新しい地へと転移する力じゃ。ルーラ達が『結界』を造った後、カミルとティアラにはその作業が待っている」
カミルおばさんとティアが神妙に頷いた。
「もちろん……結界などにすがって生きずに済む世の中へ変わることが、最良であることはお主等も判っておろう……が、人間の発展はもはや止められず、海も深くまで侵攻された。しかし我はウイスタのように、結界へ閉じ籠れと言っているのではない。外界に生きながらも安住の地を確保せよと考えたまでじゃ……さ、カミル来なさい。我の力を授けよう」
アーラ様は薄く笑んで、カミルおばさんを誘うように右手を差し出した。再度無言で頷いたカミルおばさんも、それに応じるべく前進したが、寸前何かに戸惑うように留まってしまった。
「カミル……?」
おばさんの表情は僕達には見えないが、握られた右の拳が微かに軋んで見えた。きっとおばさんのアーラ様への想いも母さんと同じなのだろう。
「私に……私に全てを移したら、アーラ様はどうなるのでしょう? 肉体は消滅しても、魂が天へ召されないのであれば、今までにも増して孤独になってしまわれます。ラグーンの機能を結界へ戻して、あちらが神の領域となれば、もう此処には魂すらも訪れない……何も無い世界にアーラ様を置き去りにするなんて……私にも、出来ません……」
「姉様……」
カミルおばさんは泣いていた。何か手立てはないのだろうか。どうしてアーラ様は天国へ昇れないというのか。どうして──?
「余り心配すな。此処に残るのは我が望んだことじゃ。魂が往来しなくなったとしても、今までに得た全ての者達の記憶の断片が我を癒すであろう。そのためにも……ルーラ、いいかげん我に手土産を渡さぬか?」
カミルおばさんに向けられていたアーラ様の慈愛に満ちた瞳が、瞬間ギョロリと母さんを睨みつけた。ハッとした母さんは思い出したように振り返って、海岸の手前に置き放した荷を取り、アーラ様の許へと急いだが──。
──此処に残るのは我が望んだことじゃ。
天国への入口としての機能を持たなくなる此の地へ、何故自ら残ろうと決意されたのか?
「ごっ、ごめんなさい、アーラばば様! えっと……あたしが作った料理です。お口に合うかは……」
「ほほっ、そなたの手料理は皆のお墨付きじゃ。長く待っておったぞ」
ああ、それで……。モカがどんなにせがんでも、母さんの料理を再現させなかった訳だ。アーラ様は直接母さんから受け取って、母さんの料理を堪能したかったのだ。
荷を受け取ったアーラ様の表情は、子供のような屈託のない笑顔だった。けれど母さんを見つめたまま、それは少し哀しみを湛えたように落ち着いた。
「ルーラよ……そなたの選択を間違いなどと我は思っていない。ウイスタは金の髪の人魚に自由を与えたかったのじゃ。が、頑なな銀の髪の人魚がウイスタ達を幽閉してきた時代を、あれは忘れることが出来なかった。ウイスタは『時』を待っていたのやも知れぬ……強固に塗り固められた人魚達の常識が忘れ去られる時代を。それでも初めにそなたへシレーネを任せたのは、時が全てを覆せたのか自信を持てなかった故かの。あれは怖かったのかも知れぬ。……人魚は血を繋ぐために人間に近付くのではない。起源となった一羽の鳥と同様、愛する相手と共にいたいのだ。元はその想いから始まった種族であることを、そなたは皆に気付かせた。──そして、今……そなたは人間になることの出来ぬ銀の髪の人魚をも幸福へ導いたのじゃ。分断された二つの世界を造ったなどというのは大きな誤解よ」
そうして親しみを込めた瞳が僕へと向けられ、涙ぐんだ母さんのそれも僕を捉えた。刹那感じる、左手を強く握り締めるティアの右手──。
「ルーラおば様……私、感謝しています。ジョエルを産んでくれて……ジョエルは人間の形をしていても、気持ちはずっと一緒だった……ジョエルは……ジョエルはずっと『人魚』でした!」
ああ……そうだ。
そうだよ……僕はティアを、銀の髪の人魚を独りにしないために生まれたんだ。
「そう……ね」
涙を拭った母さんが、僕を見つめて微笑んだ。
「そうだよ、ルーラ」
そんな母さんの肩に手をやった父さんが同じく答えた。
「ジョエルを授かった時、私達は人魚と人間の架け橋を得たと感じたんだ。その想いがついに叶えられる時が来たんだね」
僕はゆっくりと頷いて二人に微笑み返した。『僕』という人魚と人間の“狭間の子”は、シレーネとなる銀の人魚を助け、僕のように人魚になりたい狭間の子が、戻ってきたいと思える世界を造るために生まれたに違いない。
「さぁ……カミル、時間じゃ」
アーラ様がそう呟いた途端、カミルおばさんの身体が吸い寄せられるようにアーラ様の許へ滑っていった。しわくちゃの指先がおばさんのカームの石に触れるや、その藍色の石は美しい海色の光を放って、まるで海の中に潜ったかのような幻に包まれた。
「……アーラ……様!!」
やがて地鳴りのような轟音と共に地面が小刻みに揺れ出し、次第に立っているのも難儀なほどになった。モカとティアを抱えてしゃがみ込む。砂に手を着いて見上げたその先には、父さんに支えられた母さんと、宙に浮いたカミルおばさんとアーラ様が佇んでいた。
「アーラ……ばば様……」
上下に激しく揺れ出した母さんの不安そうな横顔は、アーラ様に向けられていた。
「余り心配すな。我にはウイスタのウィズの石がある……」
そしてアーラ様の小さな掌が、母さんとカミルおばさんの頬に触れた。
「二人は……もちろんアメルも、自身の幸せを願って良いのじゃよ。それがウイスタと我の願いでもある……どうか健やかに末永く愛されておくれ。我はいつまでも此の地より見守っている──」
──!!
海色の光は突然目を突くような激しい太陽の光に変わった。更に大きな揺れと化した地面にへばりつきながら、僕は其処にいる皆の名を順に呼んでいた。最後にアーラ様の名を叫んだ時、塞いだ眼の奥に白いローブの老婆が二人並んで映り込み、その表情はとても満足そうだった。
──アーラ様と……ウイスタ様?
──ジョエルよ、皆を頼んだぞ。
その呟きが聞こえた時。僕は強引な見えざる力に身を操られ、温かな光の中心に投げ出された気がした。そんな不思議な感覚と共に、全員が何処かへと飛ばされていた──。
◇おそらくかなり突拍子もない展開だったと思いますが、皆様ついて来られましたでございましょうか(汗)?
ついに現れました金髪と銀髪の人魚の特殊な能力は、アーラですら知らなかったためにその経緯は語られておりません。そんな偉大な力を如何にして人魚達が手に入れたのか・・・そちらにつきましては次に掲載予定のスピンオフにて明らかになりますので、もう少々お待ちくださいませ。



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